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その他の偉人の名言

キルケゴール

信仰の騎士はただひとり自分自身をもつばかりである。
彼は、真に偉大なものは、すべての人に近づき得るものであることを知っているのである。

出典・参考・引用
世界文学大系「キルケゴール」(おそれとおののき)p178-180
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おそれとおののき

信仰の騎士はひとり自己自身を頼りとするほかはない。
彼は自分を他人に理解させえないことを悲しく思う。
しかし、彼は他人を導こうなどという空しい欲望を感じはしない。
その悲しみは彼にとっては確信なのである。
その空しい欲望を彼は知らない。
それには、彼の心はあまりに真剣にすぎるのである。
本物でない騎士は、彼が一瞬のうちに身につけたあの巧妙さによって容易にそれと看破される。
彼は肝心なことをまったく理解しない。
すなわち、同じ個別者の道を歩もうと思う人ならまったく同じ仕方で個別者にならねばならぬということ、それには誰の指導をも必要としないこと、とりわけ自分の考えを人に無理強いしようとするような人間などの指導を必要としないということ、それをまったく理解しない。
ここでまたしても、人は逆説の小径から脇へそれるのである。
人は人に理解されないという殉難に耐えることができない。
そこでそれに耐える代わりに、巧妙さを称える俗世間の驚嘆をしごく容易に選ぶのである。
真の信仰の騎士は証人であって、けっして教師ではない。
そしてここに、深く人間的なものがある。
これは、同情の名のもとに称賛されてはいるが、実は虚栄以外の何ものでもない他の人々の幸不幸に対する軽薄な同情よりは、かなり重大なものだ。
ただ証人であろうとしかしない者は、それによって、いかなる人も、もっとも卑しい人でさえも、他人の同情を必要としないことを、また、他人の同情によって、他人が尊敬されるために自分が卑しめられるようなことがあってはならないことを、告白しているのである。
しかしながら、彼は、彼が得たものを安値で手に入れたのではないから、それを安い値で売り払うこともしない。
彼は人々の驚嘆を受け取り、その報酬として、彼らに暗黙の軽蔑を与えるほど卑劣ではない。
彼は、真に偉大なものは、すべての人に近づき得るものであることを知っているのである。

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