先頭が「て」の四字熟語の意味と読み方
天衣無縫
性格や言動がありのままで飾り気のないこと。
伸び伸びとして美しい様。
詩や文章が自然で美しく、わざとらしさのないことのたとえ。
庭で寝ていた男が、天の一角より舞い降りた天女の衣服をみて縫い目がないことを不思議に思いその訳を尋ねたところ、天女が「天衣には針や糸は用いません」と答えた故事から。
類義語に「純真無垢」「天真爛漫」「純一無雑」など。
出典は霊怪録、太平広記の女仙。
<< 前のページ | ランダム | 次のページ >> | |
太平広記
太原の
早くして
時に清風有り、
侍女二人、皆な
翰、
不意なる尊霊の
女、微笑して曰く、
吾は天上の
久しく主と対する無く、而して
上帝の人の間に
翰曰く、
敢て望むに非ざるなり、所感は
女、侍婢に
及ち手を
其の
同心
為に之を拭きて試すに、及ち本より質なり。
翰、戸より送出するに、雲を
翰、戯れて之に曰く、
對へて曰く、
陰陽の変化、なんぞ事に関せん。
且つ
因りて翰の心前を撫でて曰く、
世人は
翰また曰く、
對へて曰く、
人間之を観るに只だ是れ星を見す、其の中に自ずから宮室居處有り、群仙、皆な
万物の精、各
下人の変、必ず上に於いて形するなり。
吾、今之を観るに、皆な
因りて翰の為に
時人の悟らざる者、翰、遂に之を
翰、問ひて曰く、
笑って對へて曰く、
天上、
正に感を以て
問うて曰く、
卿来るの何ぞ遅しや、と。
答えて曰く、
人中の五日、彼には一夕なり、と。
又、翰の為に
翰之を問う、翰に謂ひて曰く、
天衣は本、
去る毎に、
一年を経るに、忽ち一夕に於いて、顔色は
帝の命に程有り、便ち
遂に嗚咽し自ずから
尚ほ余り
對へて曰く、
只だ今夕のみ、と。
遂に
及ち旦となり、別れるに
翰、
翰、之を思ひて
明年至りて期するに、果たして前者の侍女を使わす。
将に書函を致す。
翰、遂に開封するに、青
書末に詩の二首有り、詩に曰く、
河漢は
情人すでに終われり、良会の更するは何時。
又た曰く、
翰、
人世は将に天上、由ほ来を期せざるがごとし。
誰か知る一
又た曰く、
此に自りて絶す。
是の年、太史の奏ずるに織女星の光無し。
翰、思い
翰、後に侍御史の官に至りて卒す。
太原の郭翰という人物は、易寛を貴び清廉な風であった。
その容貌は麗しく、人柄も秀れ、議論するのが得意で文章に巧みであった。
郭翰の両親は早世してしまったので、彼は一人で住んでいた。
ある夏の暑い盛りのこと、郭翰が月を眺めながら庭で休んでいると、忽然として清らかな風が吹き、ほのかな香りが次第に強くなって芳しい香りで庭が一杯になった。
これを不思議に思った郭翰が空を仰ぎ視ると、若い女がゆっくりと空より舞い降りて、郭翰の前へと降り立った。
その姿はこの世のものとは思えぬ程に艶やかで、その美しさは目に満ち溢れるようであった。
彼女は玄色の薄絹の衣に、霜のように白い垂れ絹を掛け、かわせみの羽をかたどった髪飾りがついた鳳凰の冠をつけ、瓊文九章の靴を履いていた。
そのお付の侍女の美しさもまた世に比類なく、心奪われるほどであった。
郭翰は衣服を整えひざまずいて深々と拝謁して云った。
思いがけぬ尊霊のお越しに恐悦の至りでございます。
何か素晴らしきお言葉を頂ければありがたいものです、と。
これに対して女が微笑して云う。
私は天上の織女です。
長い間、夫と会うこと叶わず、ただ時節のみが過ぎ去って心にはむなしさばかりが募っておりました。
この度、上帝に人界へ行くことの御許しを頂くことが出来まして、貴方様の清廉な風をお慕いしておりましたので、私と契りを結んで頂けないかと心より望んでいる次第でございます、と。
これを聞いた郭翰が答えて云う。
なんと思いがけない言葉でございましょうか。
感じ入るばかりでございます、と。
織女は侍婢に命じて室中を清め、朱色を交えた白く細かい薄織りの幃を張り、水晶の玉の華であしらったむしろを敷き、うちわで涼やかな風をおこし、室中はまるで清秋のようであった。
二人は手を取り合って堂に登り、衣服を脱いで共に床に臥した。
織女は薄紅色の薄絹の肌着を身につけ、匂い袋に似た芳しき清香が一室に満ちた。
室の中には同心状の龍脳の枕が置かれ、二本の細糸で刺繍された綺麗な鴛鴦模様の掛け布団があった。
その肌は柔らかくねっとりとし、その艶かしさを秘めた様は他に比べるものがないほどに魅惑的であった。
やがて朝となり、もう帰らねばならないと言う織女を見ると、その顔のおしろいは昨夜のままであった。
郭翰は試しにこれを拭いてみたが、おしろいと思っていた白さは素肌の白さであった。
郭翰は空高く昇って去っていく織女を戸より出て見送った。
織女は夜な夜な訪れ、二人は日毎に互いに惹かれ合っていった。
ある時、郭翰が戯れて云った。
牽郎(彦星)はどうなさっているのでしょう、お一人でいらしてもよいのですか、と。
これに織女が応えて云う。
男女の移り変わりに何の関わりがありましょう。
それに天の川で遠く隔てられております、どうして知ることができましょうか。
もし知ることができたとしても思いをめぐらす必要もありません、と。
そして郭翰の胸を撫でながら云う。
世の人々は何もわかりはしないのです、と。
郭翰がまた云う。
貴女は星々の霊を蒙り、星々の眷属です、星々について何か教えてはもらえませんか、と。
織女が応えて云う。
人はただ星の存在を見てはいますが、その内を観れてはいないだけで、その中には尊き仙人達の宮室や住まいがあり、皆がそこで遊観しております。
宇宙に存在する全ては、それぞれが天にあらわれ、それから地上に形となってあらわれるだけなのです。
ですから下における変化は必ず上においてもあらわれるのです。
今、この時点でも私にはこれら全てがはっきりとわかります、と。
そして郭翰のために大空に連なる様々な星を指し示し、詳細に説明して教えた。
これによって、誰しもがわかり得ぬことを郭翰は知ることができた。
やがて七夕の日となった。
その日に織女は姿を見せることなく、数日経ってからようやく姿をあらわした。
郭翰は問うて云う。
再会はどうでしたか、と。
織女は笑って答えた。
天上では下界とはまったく異なるのです。
互いに心を通じ合うだけで、他にはなにもないのです。
だから何も気にするものなどありません、と。
郭翰は更に問う。
どうしてこんなにも来るのが遅くなったのですか、と。
織女が答えて云う。
ここでの五日間は向こうでは一日なのです、と。
そして織女は郭翰のために天界の料理を振る舞ったのだが、それらは悉くこの世のものではなかった。
ふと郭翰が織女の衣服を視ると、どこにも縫い目がなかった。
郭翰がその理由を問うと、織女が答えて云った。
天の衣服はもともと針や糸を用いて作らないのです、と。
その天衣は織女が去るときになると、ひとりでにその身に近寄り覆うのであった。
一年経ったある晩のこと、突然、織女がひどく悲しみだし、涙を流してすすり泣き、郭翰の手を執って云った。
帝のお許しの期間が来てしまいました、もう永遠にお別れしなくてはなりません、と。
そうして嗚咽を漏らし泣き崩れた。
郭翰は驚き慌てて云う。
まだ幾日か会える日はないのですか、と。
織女が応えて云う。
今晩が最後なのです、と。
二人は悲泣して朝になるまで眠ることはなかった。
やがて朝となり、別れの時となって互いに撫抱した。
織女は別れに七宝の枕を贈り、明年某日に手紙を出しますと言った。
郭翰は一組の玉の腕輪を贈ってそれに答えた。
そうして織女は振り返って手を振りながら空へと昇り、しばらくして見えなくなってしまった。
郭翰は織女のことを思うあまりに病を発し、いつまでたっても忘れることはできなかった。
明くる年の約束の日、織女の侍女が書簡を持って訪れた。
書簡を開けてみると青縑の紙に鉛丹で文字が描かれた清麗な文章にその思いが綴られていた。
そして手紙の最後には詩が二首あった。
詩にはこう書かれていた。
天の川は広いとは申しますが、それでも七夕の日には会うことができます。
貴方とは別れ別れになってしまいました、この逢瀬は何時か相見えることができるのでしょうか。
又云う、
朱閣より見える天の川は清く、瓊宮の御殿は紫房でとても映えております。
良き時節の我が情は此に在ります、ただただ、恋焦がれて断腸の思いでおります。
郭翰は答書として香箋を送り、意を注いで書いたがそれでも足りることはなかった。
その答書には詩を二首送った。
詩にはこう書かれていた。
人の世はそのまま天上であり、まるで来を期することがないかのようです。
誰があの一廻顧を知りましょうか、あの時、二人の想いは交わりました。
又云う、
贈られた枕には未だに香いが残っております、
貴女のお姿は遥かなる大空の裏にあって、私はただむなしく想いを馳せています。
この後、便りが来ることはなかった。
この年、太史の織女星の光が消えたという上奏があった。
郭翰は織女への想いが捨てきれずに居て、どんなに麗しい女性を見ても心が動かされることはなかったが、跡継ぎを残すことを結婚する理由にして、強いて程氏の女性を娶ったが、互いに意を通じ合うことが出来ず、また、跡継ぎにも恵まれず、夫婦の仲は悪いままであった。
郭翰は後に侍御史の官職にまで昇進して亡くなったという。
<< 前のページ | ランダム | 次のページ >> | |
語句解説
- 姿度(しど)
- すがた、器量。
- 草隷(そうれい)
- 漢字の書体である、草書と隷書のこと。
- 孤(こ)
- ひとりぼっちである様。みなしご。また、王侯などの謙称にも用いられる。
- 稍香(しょうこう)
- かすかな香り。次第にあらわれてきた香り。
- 气(き)
- 屈曲して出るいきや湯気。
- 冉冉(ぜんぜん)
- じわじわと伸びて進むさま。
- 溢目(いつもく)
- 目にみちる。非常に美しいことのたとえ。
- 玄(げん)
- 天の色(赤や黄を含む黒色)。
- 綃(しょう)
- うすぎぬ。きいと。
- 霜羅(そうら)
- 霜は白いことの例えで、羅は目のすいたうすい絹織物のこと。
- 帔(ひ)
- たれぎぬ。
- 曳(ひく)
- 長く後ろにたなびく様。
- 翠翹(すいきょう)
- かわせみの羽をかたどってつくった女性の髪飾り。
- 瓊文九章(けいぶんきゅうしょう)
- 光り輝く玉で飾られた天子の服に用いる九つの模様のこと。
- 履(くつ)
- 木や布でつくったくつ。のち、はきものの総称。
- 躡(ふむ)
- ぞうりやわらぐつを足にはくこと。
- 殊色(しゅしょく)
- 特別にすぐれた美人。
- 心神(しんしん)
- 心、精神、心の感覚的な働き・状態。
- 感蕩(かんとう)
- 感じ動くこと。
- 迥(けい)
- とおい、はるか。
- 徳音(とくおん)
- やさしい言葉。徳のあるりっぱな言葉。
- 愿垂(げんすい)
- つつしんで受け賜わる。
- 織女(しょくじょ)
- はたをおる女。たなばた。織女星。
- 佳期(けいき)
- よい時節。
- 霜霧(そうむ)
- 霜のように白く、霧のように細かい。
- 丹縠(たんこく)
- 朱色の薄物。
- 襯体(しんたい)
- 体に身につける肌着。下着。
- 龍脳(りゅうのう)
- 龍脳樹という巨木から取れる芳香性の半透明の結晶。
- 雙縷(そうる)
- 雙は双で二つならんだもので、縷は縫い糸、細々と連なる糸のこと。
- 鴛文(えんぶん)
- おしどりの飾り。おしどりは夫婦仲のむつまじいことに例えられる。
- 衾(きん)
- 寝るときにかぶる大きい夜着、転じて、掛け布団。
- 牽郎(けんろう)
- 彦星のこと。
- 陰陽(いんよう)
- 相対する性質のことでこの場合は男女のこと。
- 河漢(かかん)
- 天の川のこと。漢のみで天の川を示す場合もある。
- 瞻矚(せんしょく)
- 仰ぎ視る。瞻は目をあけてみることで、矚は目をつけて離さないこと。
- 卿(けい)
- 執政の大臣。高位者の尊称。夫婦が互いに呼び合うときにも用いる。
- 辰象(しんしょう)
- 日月、星辰の象。辰は星の総称で、象は外にあらわれたすがた。
- 了了(りょうりょう)
- 明瞭ではっきりしているさま。
- 列宿(れつしゅく)
- 大空に連なる多くの星。星宿。
- 相見(そうけん)
- 対面すること。相見える。
- 他故(たこ)
- 他の理由。特別の原因。
- 悽惻(せいそく)
- ひどく悲しむこと、いたましく思うこと。
- 几日(きじつ)
- 幾日、幾に当てた用法。
- 撫抱(ぶほう)
- 抱いて撫でる。
- 玉環(ぎょっかん)
- 玉で作った環。輪の形をした玉で腰につけて飾りとする。
- 縑(けん)
- 中国における平絹の高級品。
- 鉛丹(えんたん)
- 鉛の酸化物で赤色の粉末。絵の具などに用いる。また、道家で鉛をねって丹(薬)としたことにも用いる。
- 重畳(じゅうじょう)
- いくえにも重なっていること。
- 三秋(さんしゅう)
- 陰暦七月、八月、九月。秋の三ヶ月。
- 瓊宮(けいきゅう)
- 玉を飾った御殿。
- 紫房(しぼう)
- 紫色に飾った部屋。太后の部屋。紫はもっとも高貴な色とされている。
- 慊切(けいせつ)
- とてもあきたらぬこと。少しも満足できないこと。
- 玉顔(ぎょくがん)
- 玉のように美しい顔容。
- 霄(しょう)
- 遠い天や雲。