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思索

書遍歴と人を導くもの

思えば自分の読書は古典漫画から始まった。
幼い頃、特に何をしたという記憶はまったくないけれども、唯一覚えているのは、様々な故事が載っている古典漫画を貪るように繰り返し読んでいたことである。
所謂、人生の栄達、成功ではなくて人物の素晴らしさを描く漫画だった。
「三年鳴かず飛ばず」や「四知(天知る、地知る、子知る、我知る)」などの故事が魅力的に描かれていたのを覚えている。
きっと幼心にそこに描かれる人物への憧憬があったのだろう。
今になって古典の人物に惹かれることができたのも、この幼い頃の下地があったからかもしれない。
どういう意図で与えてくれたのかはわからないが、きっかけをくれた両親に感謝である。
もし自分が親になったら、子に読ませたいと思う一冊である。
そういえば歴史漫画を読んだ記憶もある。
こちらは英雄・豪傑の人生が描かれているもので、とても大好きではあったけれども、特に感じ入ったという感覚は現在はない。
あとの暇な時間は遊び続けていた。
まだガキ大将といわれるような人が辛うじて生存している頃だったので、それに連れられて野山を少々。
成長して中学校に入る頃に吉川英治氏の三国志を繰り返し読んでいたのを覚えている。
歴史小説が好きでいくつか読んでいたけれども、当時に何度も繰り返し読んだのは三国志だけだった。
死力を尽して生き残って、成功していく姿が好きだったのだろうか。
魅力を感じるのは確かではあるが、今になって考えるとよくわからない。
もしかしたら人物の素晴らしさが描かれていたのかもしれないが、今現在で感じ入った感覚はない。
再び読んでみたらまた受け取り方が変わるのかもしれないが。
学生時代に読んで良かったなと記憶にあるのは、司馬遼太郎氏の「坂の上の雲」と宮城谷昌光氏の 「晏子」である。
「坂の上の雲」は明治の時代にこんなに素晴らしい人々がいたのか、と感じ入った記憶がある。
国家存亡の危機に一丸となって向かう姿に感動したのだろうか。
印象に残っているのは大山巌と西郷従道、そして明治天皇である。
大山と西郷の将に将たるあり方に素晴らしいと思い、明治天皇の人物観に驚いた。
大山巌を満洲軍総司令官にしたときの言葉、「ボーとしているから最適だ」なんて最高である。
現代でそんなこと言ったら、すぐにマスコミに叩かれてしまうのは間違いないだろう。
山本権兵衛が東郷平八郎を推挙するにあたって、その理由を「運が良い男ですから」と述べるあたりもおもしろい。
でも危難に当たって大山も西郷も東郷も、他が右往左往する中でどっしりと構える胆力があった。
明治天皇や山本権兵衛の言は、ぐだぐだと才能云々いう言葉よりも遥かに良い的確な人物評であって、大将なんて場を作り、部下を任用して、責任が取れればそれでいいのである。
あとはどっしり構える、ただそれだけなのである。
「晏子」は第三巻ラストの項が素晴らしい。
斉の国の宰相として国を治める役になるのだが、晏子がいるだけで治まる。
司馬遷が「晏子の御者になりたい」と史記に記しているが、それが納得できるような素晴らしさを感じさせる。
前の二巻にも魅力的な話はあるけれども、三巻ラストの項には数段劣る。
三巻ラストの項だけは何度も読み返した。
歴史小説で幾度となく読んだのは久々で、何の変哲もない、穏やかに治まる平和な世界を描いているだけなのに妙に心が揺さぶられたのを覚えている。
主君の景公が晏子の亡くなった報を聞いて戻る姿なんて感動物だった。
人の美しさはこういうものなのかと感動を覚えられる一冊であると思う。
二十歳を超えた頃から本をまったく読まなくなった。
二十六歳までは一年に一冊読めばいい方だったのではないかと思う。
当然、感じ入った本などはない。
大きく変わったのは二十七歳になってからだ。
きっかけは父親の何気ない言葉。
僕が二十五か二十六歳の頃だっただろうか。
実家に帰っていたときに父親が「安岡正篤というすごい人物がいた」という話を少しだけしたのである。
でも、その時は「へー、そうなんだ」ぐらいで何も思わなかった。
それが二十七歳の時、ふとしたきっかけで本屋に立ち寄ったら、SBI北尾吉孝氏の「何のために働くのか」があった。
当時は「充実した人生ってなんだ?夢ってなんだ?」と思っていた時期だったので、おもむろに手に取った。
立ち読みでの判断だけども、内容はいまいち。
でも紹介されていた人物に惹かれた。
安岡正篤。
本の中で北尾氏が、私淑している人物だと言う。
父親の話もなぜか頭に残っていたので気になって、数日後に安岡正篤氏の本を購入した。
購入した本は「運命を創る」と「活眼活学」だった。
読んでみると何故かピンと来るものがある。
自分が今まで考えていたことが、具体的に書かれているというかなんというか。
当時のブログで自分はこう表現している。
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2007-05-15-Tue
ようやく勉強の楽しさがわかる気がした今日この頃。
いままでの勉強は自分の周りに色々積み重ねて広げていく感じで、
いま感じてるのは自分自身が広がっていく感じかな。
ずっと自分の考えの中にあったもやもやしたもの。
それがひとつの道として繋がっていく。
自分が思っていた事はこういうことだったのかという発見。
いままで何を俺はしたいんだろと思ってきたけど、
毎日が妙な充実感で満たされている。
我ながらなぜだか不思議なんだが心地よい。
やりたいことってのは具体的に何かを目指す事といったことしか考えてなかったけど、
こんな一風変わった宝探しみたいなのもありなんだな。
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これが自分が感じられた率直な感想なのだと思う。
その後は安岡正篤氏の本を読み漁り、その繋がりで古典関係に入っていった。
論語、孟子、大学、小学、宋名臣言行録、etc...。
これを書いている時点で、実はまだ一年も経っていない。
学ぶということがわかってから半年ちょっとだろうか。
でもこの半年で学んだものは、学校で学んだものと大きく異なるのは確かなのである。
まさに自分が内側から広がっていく、そんな感覚である。
僕は今まで、一つのことを長く続けることができなかった。
しかし、今回の出会いに関しては一生続けられると確信している。
これもまた、いままでにない感覚である。
それほど魅力的で衝撃的なものだった。
書は素晴らしい。
既に朽ち果てた人が生ける人を導くのだから。

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