思索
人情
規約というのはまあいい。
だが、定めた上で人情というものを巡らせなくてはいけない。
ただ規約だからと守るだけでは、どうしても人情に沿わなくなってしまう。
すると現実との乖離が起きる。
大体において、うまくいかなくなるのはそこにある。
余裕というものが存在しないのだ。
現実と離れてしまえば、それは人々を苦しめるだけの悪律として支配するようになる。
悪律を守るのは、それを破ることが自分に利さない間だけである。
なんとなればそれを破ろうとも悪いとは思わない。
現実にそぐわず、人の心にそぐわないのだから当然のことで、破っても決して恥とは思わぬであろう。
だから孔子は刑によって制すれば人は隠れて破ろうとも恥とはせぬが、誠によって制すれば人は節を守って平らかなり、といった。
人は感じて通ずるものなのである。
感じることができぬようになったとき、人は通じて和するようにはならない。
感じねば、やがて離するのである。
国でも会社でも、単にがんじがらめに法を巡らしてしまえば人々の心は離れるのである。
少しも感ずるところなければ人はその力を尽くそうとは思わないのだ。
だから人情に近からざるものにだけはならぬように心掛けなければいけない。
人情を斟酌して禁不禁の間に置くべし。
嘉言である。
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