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補記

人材登用の第一義

ここに登場する孟公綽の例えは分かりにくいかもしれない。
これは論語の憲問篇にある一節で、孟公綽という人物は不欲にして清廉な人物であったようである。
これが何故、大国に権を有する大臣家の要職に就かせるのがよいかと言えば、当時の趙や魏のような大きな家柄の家老であれば実務などする必要はなく、自分は私欲に惑わずして中正を以て事を処することが最も必要なことだからである。
大なるところの上に立つ者は実務などは下の才ある者を持てば少しも必要はない。
だからこまごました事などは意に介さず、遥か先を見通して事を運ぶ力と周りの阿諛迎合に惑わされぬ心を持てばよい。
もちろん、才徳両方を兼ね備える者であれば何の問題もないが、そのような者は滅多に望むべくもないが故に、そのような地位には惑わざる心を持つ者を以て最上とするのである。
だが、これが大夫(大臣)のような職ではそうはいかない。
煩雑な職務が多々ありて、それを常に迅速を以て事を運ばねば国は滅ぼされてしまう。
となれば自分自身もそれをこなす必要があるが故に、この両者の立場によって、その職務を貫徹するに必要な性質は自ずから異なるのである。
たとえ徳に優れて居っても、実際を切り開いていくような職務を貫徹するには、事を運ぶだけの才もなければ務まらないということである。
だから孔子は「孟公綽は趙魏の老に優れるも、滕薛の大夫と為す可からず」と述べる。
これは現代にも通じる人材登用の第一義であろう。

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