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先頭が「し」の語彙の意味と読み方

(じょ)

ゆるす、おもいやる、はかる。
恕とは如の心、即ち、一切を包容して進歩向上せしめんとする心のこと。
説文解字の心部には「仁なり。心に従い如を声とす」とあり、その言葉の通り恕は仁に近い。
ただ、仁と異なるのは中せんとする心、即ち「忠」の有無である。
大学に「仁人のみ能く人を愛し、能く人を悪む」とあるが、「恕」だけではこの「能く悪む」という部分の存在が欠如しているが故に、包容した上で向上せしめんとはしても、そこに甘んじてしまう者にとっては単なる愛と変わらなくなってしまう。
論語に「夫子の道は忠恕のみ」とある所以である。
なお、恕は如+心であるが、如の字解には複数説ある。
如に関して説文解字の女部に「随ふなり。女に従ひ口に従ふ」とあり、この口において解釈が異なる。
一つは、口は祈りを収める器の象形であるとして、巫女が神意をはかり、それに従うこととする説で、故に「如何」は問う意となり、「如し」はそれ“そのまま”という意になり、神意に近づく意から「く」という。
もう一つは、口は領域・本分を示すという説で、所謂、国などに用いられる口と同じものとする場合である。
女の領域において男と必然的に異なるのは子を産むということである。
新たな生を育み、これを出だすは造化そのままであり、故に「如し」は“そのまま”の意となり、新たに生み出すから「く」となる。
そして、母の心は子に対する慈愛に満ち、子供を包容して已まないから、心をつければゆるし、おもうのであるが、おもうに過ぎて律せざればおろかとなる。
故に恕はすべてを包容し育むも、忠がなければ道を得ず、善悪兼ね入れて達するには至らない。
ここにおいて、家庭における父の存在、即ち、忠の必要性が認識される。
即ち、恕と忠は、影の形に添うが如くにあるべきものなのである。

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