范曄
後漢書-列傳[馬援列傳][26]
兄の子、厳・
援、交阯に在りて書を還し、之を誡めて曰く、
吾、汝が
耳には聞くを
好みて人の長短を論議し、妄りに政法を是非するは、此れ吾が大いに悪むところなり。
汝が曹の吾の之を甚だ悪むを知り、復た言ふ所以は、
龍伯高は敦厚周慎にして口に
吾れ之を愛し、之を重んず。
汝が曹の之に
吾れ之を愛し之を重んずるも、汝が曹の効わんことを願わざるなり。
伯高に効うて得ざるも、猶ほ
所謂、
李良に効うて得ずんば、陥って天下の軽薄士と為らん。
所謂、虎を画いて成らずんば、反って
今に
郡の将の車より下りて
是れを以て子孫の効ふを願はざるなり、と。
季良は名を保、京兆の人なり。
時に越騎司馬と為る。
保が
行を為すに
伏波将軍、
書を奏す。
帝、召して松、固を責むるに、訟書及び援が誡書を以て示す。
松、固は
詔して保が官を免ず。
伯高は名を述、亦た京兆の人なり。
山都の長と為る。
此に由りて
現代語訳・抄訳
馬援は兄の子である馬厳と馬敦が人を長短を議論して非難し軽侠の者達と付き合っていることを嘆いて戒めの手紙を送った。
その手紙に云う。
私はお前達が他人の過失を聞く際には、父母の名前を聞くが如く、恐れおののき神妙であるように望んでいる。
たとえ耳に聞こえてきたとしても、口に出して言ってはならない。
人の長短を好んで議論し、妄りに政治や法令について是非することは、私の大変悪むところである。
たとえ死んだとしても、子孫にこのような行いがあることを聞きたくはない。
私がこれほどまでに悪んでいることを知らしめ、お前達に改めて言うのも、衿を施し巾着を結ぶように、父母の戒めを申してお前達が忘れないようにしてもらいたいがためである。
龍伯高は敦厚周慎、曖昧なことを言わず、常に謙遜し慎ましやかで清廉潔白にして公明であるから自然と威厳も生じる。
私は彼を愛し、彼を重んじている。
お前達は彼を見習ってもらいたい。
杜季良は豪侠で義を好み、人の憂いを自らの憂いとし、人の楽しみを自らの楽しみとし、清濁関係なくあらゆるものを受け入れる度量を持ち、父の喪をすればその人物を慕って数群ことごとく人で溢れるほどである。
私は彼を愛し、彼を重んじてはいるが、お前達は彼を見習って欲しくはない。
龍伯高を見習ってうまくいかなかったとしても、それはそれで慎み深い人物にはなるであろう。
言うなれば、白鳥にしようと彫刻して失敗しても、家鴨には似たようなものにはなるというようなものだ。
もしも、杜季良を見習ってうまくいかなかったとしたら、単なる浅はかな人間になるだけである。
言うなれば、虎を画こうとして失敗してかえって狗に似てしまうというようなものなのである。
杜季良に関しては今でもよくわからぬ所がある。
たとえば、郡の将が車より下りた時、杜季良は歯ぎしりをしていたので、州郡の人々はこれを噂し、私はいつも憂慮していた。
このような事であるから、子孫に杜季良を見習って欲しくないのである、と。
杜季良は名を保といい、京兆の人で、越騎司馬であった。
ある時、杜季良の仇人が上書して杜季良を訴えた。
その中に次のような一文があった。
杜季良の行状は浮薄であり、群がって世を乱し、民衆を惑わしております。
故に伏波将軍の馬援は万里の地より書を送ってその兄の子を誡めました。
然るに梁松や竇固は杜季良と親しみ、軽偽を弄して国家を混乱させようとしています、と。
上奏された書をみた光武帝は、梁松と竇固を召し、訟書と馬援の誡書を示して責めた。
これに対して梁松と竇固の二人は血を流しながら叩頭して謝し罪を逃れたが、杜季良は官職を免ぜられた。
龍伯高は名を述という。
彼もまた京兆の人で、山都の長であった。
馬援の書によって抜擢され、零陵の太守を拝命した。
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語句解説
- 譏議(きぎ)
- そしり非難する。鋭い言葉で非難する。細かく問いつめること。
- 馬援(ばえん)
- 馬援。後漢の名将。辺境討伐に功あり。年老いて後も戦場に在ることを求め戦陣にて病没した。「老いてはますます壮んなるべし」などの言葉を残している。
- 衿(きん)
- 襟。衿。首のまわりの部分。
- 褵(り)
- きんちゃく。婦人のもつ香袋。
- 鵠(こく)
- コウノトリ。白鳥の別称。黄鵠、霊異の鳥として扱われる。浩に通じ「大きい」「ひろい」の意になる場合もある。
- 鶩(ぼく)
- 家鴨(あひる)のこと。
- 寒心(かんしん)
- 憂慮すること。ぞっとすること。
- 諸夏(しょか)
- 中華の諸国のこと。夏は華に通じ、はなやかで大きいことを意味する。
- 叩頭(こうとう)
- 額が地面につけて敬礼する。頭が地につくほどに深くお辞儀をすること。叩首。
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