張瑞図
日記故事-巻五闢邪類[清介類][裘公鄙金]
呉の
夏月に
道上に遺金一錠有り、公、顧みずして過ぐ。
呉の
薪を負ふ者、
公、笑ひて曰く、
五月に
季子、驚きて
公曰く、
答えずして去る。
現代語訳・抄訳
春秋時代の呉の国に披裘公という人物が居たが、その素性は不明である。
夏の頃、披裘公は破れたる皮衣を着て薪を売り歩いていた。
道ばたに金が落ちていたが、披裘公は気にすることなくそのままいってしまった。
これを見た呉の名士の延陵の季子は、その貧しい身なりを見て憐れんで云った。
そこの薪を背負って道を行く者よ、その落ちている金を拾えばよいではないか、と。
すると披裘公は笑って云った。
確かに我は五月に皮衣を着て薪を背負うような貧しい身分ではあるが、どうして路に落ちている金を拾うことがあろうか、と。
季子は驚いて拝礼し、何者かと問うた。
披裘公は云った。
お前のようなつまらない人間に、どうして我が姓名を語るに足ろうか、と。
答えることなく去ったという。
- 出典・参考・引用
- 張瑞図校・松山麻山標注「標註日記故事大全」第二冊39-40/54,安岡正篤著「酔古堂剣掃」p148-149
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備考・解説
安岡正篤著「酔古堂剣掃」p148-149には上記と同様の内容(若干詳細)で「高士伝」にみえる故事であると記されていたが、「高士伝」の原文は不明。