論語-為政[1]
原文
子曰。為政以徳。譬如北辰居其所。而衆星共之。
書き下し文
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[1][2]
子曰く、
政を為すに徳を以てするは、
現代語訳・抄訳
孔子が言った。
政治を行うに徳を以てするは、例えるならば北極星が中心となって、周りの星が自然と集ってくるようなものである、と。
- 出典・参考・引用
- 久保天随著「漢文叢書第1冊」65-67/600,伊藤仁斎(維禎)述、佐藤正範校「論語古義」25/223
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備考・解説
徳化で自然に帰するを王道といい、権力で屈服させるを覇道という。
北極星は常に一定の場所に在って動かず、他の星々はその周りを巡って已むこと無し。
故に星々が北極星に帰するに例えて、徳に由れば自然と人々が帰するをいう。
なお、帰するとは従うのではなく、文字通り“共”にすることである。
故に堯の治世に民の曰く、帝力何のことかあらん、と。
注釈
- 正義
- 左伝に曰く、
学びて而る後に政に入る、と。
故に前篇に次ぐなり。
此の篇の論ずる所の孝敬信勇は政を為すの徳なり、聖賢君子は政を為すの人なり。
故に政を為すを以て章首に冠し、遂に以て篇に名づく。(正義) - 勿軒熊氏
- 五章に政を言ふ、皆な徳を以て本と為す。
曰く、孝友。
曰く、孝慈。
一身一家よりして之を推す。
孝を言ふこと四章、之を家に行ふ者なり。
行を言ふこと二章、之を身に行ふ者なり。
餘りは多く学を言ふ。
凡そ書を読んで人を観るの法、君子小人、吾が道と異端の辨亦た具 はる。
末後の二章は、禮楽を言ひて後篇の起頭と為す。(大全通考) - 朱子
- 北辰は是れ天の
枢紐 、中間些子 も動かざる処、人此れを取りて極と為さんことを要 むるに縁 り、箇の記認 無かる可からず。
所以 に其の旁 らに就きて一小星を取りて、之を極星と謂ふ。
天の枢紐 は輪蔵心 に似たり。
蔵は外面に在りて動き、心 は都 に動かず。
問ふ、
極星は動くか動かざるか、と。
曰く、
也 た動く。
只だ他より那 の辰に近く、動くと雖も覚えず、射糖盤子*1の如し。
北辰は便 ち是れ中央の椿子 *2、極星は便ち是れ椿に近き點子 *3なり。
也 た盤に随ひて転ずと雖も、椿子に近きに縁りて、便ち転じ得て覚えず。
沈存中 謂ふ、
始めて管を以て極星を窺ふに、管に入らず、後に極星を見るに方 り、管絃の上に在りて転ず、と。*4
史記に載す、北辰に五星有り、太乙常に中に居る、是れ極星なり。
辰は星に非ず、只だ是れ中間の界分、極星も亦た微 く動く、辰は動かず、乃ち天の中、猶ほ磨の心の如し。(朱子) - 類考
- 先儒皆な曰く、
天體に星無き処、之を辰と謂ふ、と。
今、星書を考うるに、辰を称すること一ならず。
北極の如きは固 より北辰と名づく、而して大火も亦た之を火辰と謂ひ、五星中の水星、又た之を辰星と謂ひ、十二支、又た之を十二辰と謂ひ、日月星、又た之を三辰と謂ひ、五行の時、又た之を五辰と謂ふ。
其の義を原 ぬれば、蓋し辰巳の辰に起る。
辰位は乃ち星纒 *5の首、歳に之を紀すや、壮辰の居所は経星の長と為す、水星近く日を輔くは行星の長と為す、大火は天帝の座、舎星の長と為す、故に長者は皆な辰と称す。
左伝に云ふ、*6
日月の会、之を辰と謂ふ、と。
一歳は日月十二会、日月の会する所、東方蒼龍角亢*7の星に始まり、角亢は辰に始まる。
故に始まる所の者を以て之に名づく。
丑 より戌亥 に至るまで、皆な長と称す可し。
故に十二辰と為す。
日月星辰に至りて畢 く見 はる、故に三辰と称す。
素問に謂ふ、
五運、角軫*8に起る、と。
角軫は辰の分なり。
故に五行の時亦た五辰と称す。
書に曰く、*9
五辰を撫す、と。
是れなり。
然らば則ち星家豈に専ら天體に星無きを以て辰と為さんや。(類考) - 天官書
- 北極は五星、第一星は太子を
主 る、所謂前星といふ者なり。
第二星は帝を主る、第三星は庶子を主る、第四星は后を主る、第五星は極と為す、即ち天枢なり。
北極と言ふは、上の五星を兼ね、北辰と言ふは、専ら天枢の一星を主とす。
天枢の左右に別の四星有り、之を四輔と謂ふ。
後狭く前張る、略 ぼ箕斗 に似て、枢 其の内に在り。
当に夜を以て候 ひ望めば、第一星より四輔に至るまで、旋転 して同じからず、而して天枢は昏旦 一の如く、則ち信なるか。
周天の象、動かざる者は、惟だ此の一星なり。(天官書) - 朱子
- 政の言たるは正なり、人の正しからざるを正す所以。
徳の言たるは得なり、道を行ひて心に得ること有るなり。
北辰は北極、天の枢 なり。
其の所に居るとは動かざるなり、共 は向ふなり。
言ふは衆星四面に旋 り繞 りて之に帰向 するなり。
政を為すに徳を以てすれば、則ち無為にして天下之に帰す、其の象此の如し。(朱子) - 陳新安
首 に正の字を訓ずること顔淵篇に本づく。
夫子の政は正なり、子率て以て正さば、孰 か敢へて正しからんの意。*10
蓋し政の理を以て言ふ。(陳新安)- 不明
- 朱文公、徳の字を訓ずること、蓋し禮記の楽記篇に「徳は得なり、禮楽皆な得る、之を有徳と謂ふ」に倣うて言ふ。
初めには身に得るに作り、後には心に得るに改む。
夫れ道の字は広大、天下の共に由る所。
徳の字は親切、吾が心の独り得る所。
道を行ふとは之を身に行ふなり。
未だ以て徳と言ふに足らず、必ず心に得ること有らば、則ち躬 に行ふ者、始めて心に之を得て、心と理と一と為る。
斯れ之を徳と謂ふ可し。
次第有り、帰宿有り、精 きかな。(不明) - 性理大全
- 徳は得なり、之を得て心と為す、之を有徳と謂ふ。
又た諸中に存するを徳と為し、外に発するを行と為す。
楊亀山曰く、
仁義己に足る、斯れ之を徳と謂ふ、と。(性理大全) - 朱子
- 徳の字の心に従ふ者は、其の心に得るを以てなり。
孝を為すが如き、是れ心中に此の孝を得。
仁を為すは、是れ心中に此の仁を得。
若し是れ外面恁地 なれば中心此の如くならざるを得ず。
凡そ六経中、徳の字皆な此の如し。
故に曰く、*11
忠信は徳に進む所以なり、と。(朱子) - 程子
- 政を為すに徳を以てして、然る後に無為なり。*12(程子)
- 朱子
- 是れ
瑰然 *13として全く作為すること無きにあらず。
只だ是れ事を生じて民を擾 さず、徳を己に修めて人自然に感化し、作為を待たずして天下自ずから之に帰す、其の為す有るの迹を見ざるのみ。
問ふ、
是れ徳を以て政を為すや否や、と。
曰く、
是れ徳を以て政を為し去らんと欲するにあらず。
必ずしも以の字に泥 ず、只だ是れ政を為 めて徳有るに相ひ似たり、と。(朱子) - 范祖禹
- 政を為すに徳を以てすれは、則ち動かずして化し、言はずして信、無為にして成る。
守る所の者は至簡にして能く煩を御し、処る所の者は至静にして能く動を制し、務むる所の者は至寡にして能く衆を服す。(范祖禹) - 金仁山
- 王文憲曰く、
動かずして化し、言はずして信、無為にして成る、此れ感通の妙を言ふなり。
動かず言はざるは無為なり、化して信ずるは成なり、簡は理を以て言ひ、静は心を以て言ひ、寡は身を以て言ひ、煩は事を以て言ひ、動は物を以て言ひ、衆は民を以て言ふ、此れ統理の要を言ふなり、と。*14
二説を合して無為の義を尽す。
履祥 按ずるに、*15
至簡は惟だ一理に循 ふ、自ずから以て事物の繁 を御す。
至静は惟だ一心を正して、自ずから以て天下の動を制するに足る。
至寡は惟だ一身を修めて、自ずから以て人心の衆を服す可し。(通義) - 伊藤仁斎
- 此れ政を為すに徳を以てせば、則ち無為にして天下之に帰するを言ふなり。
若し夫れ政を為すに徳を以てするを知らず、徒 に智力を以て之を持 せんと欲せば、則ち労攘 叢脞 、愈 理 めて愈 理まらず。
此れ古今の患なり。
後世、経済の学を講ずる者、斯れ之れを務むることを知らずして、徒に區區 として儀章制度の間に求む、鄙 きかな。(伊藤仁斎)
語句解説
- 北辰(ほくしん)
- 北極星の別称。
- 枢紐(すうちゅう)
- 枢は中枢、枢軸の枢で、動きをつかさどるもの・かなめをいう。紐はむすぶ意。両字から察するに「全体が結するところ」「大元」みたいな意か。
- 些子(さし)
- いささか。
- 輪蔵(りんぞう)
- 八角形の経典を収める経箱。自由に回転するように心棒が通されている。
- 大火(たいか)
- さそり座の首星であるアンタレスのこと。南の空に赤く輝いて見えることから。
- 五運(ごうん)
- 五行の運行。五行は木火土金水。
- 箕斗(きと)
- 星の名前。箕宿は射手座の東部、斗宿は南斗六星で射手座の北西部。
- 昏旦(こんたん)
- 朝夕。昏は日暮れ、夜。旦は夜明け、朝。
- 恁地(にんち)
- このように。恁的。
- 労攘(ろうじょう)
- つかれみだれること。労擾。
- 叢脞(そうざ)
- 煩雑でわずらわしいこと。くどいこと。叢はくさむら、むらがる意。脞はこまかいこと。
- 経済(けいざい)
- 経国済民の意で、国を治め世を済(すく)うこと。転じて、現在では主に生活に資するところ、即ち生産や流通、消費の類い全体を指す。
- 區區(くく)
- 區は区の旧字。行き届いた様。まちまちな様。得意の様。
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- *1射糖は不明。盤子は大きな皿の意があるが当てはまるかは不明。
- *2荘子に曰く「上古に大椿なる者あり。八千歳を以て春と為し、八千歳を秋と為す」。よく父母や長寿に例えられる。この場合は最も長なる星に例えるか?
- *3點は点。小さな黒点。かすかな意。
- *4朱子語類
- *5星を纏(まと)う。おそらくは全体の意。
- *6春秋左伝・昭公七年
- *7蒼龍は青龍。方角は東。角はおとめ座中央部、亢はおとめ座東部。二十八宿の一。
- *8角は青龍の初、軫は朱雀の末。東南(青龍は東方、朱雀は南方)は隣合い、角軫が最も隣接する。二十八宿の図をみると分かりやすい。ただし、これを指すのかは不明。
- *9書経・虞書「皋陶謨」
- *10論語顔淵篇。季康子が孔子に政を問い、答えて曰く「あなたが率先して正しければ皆それに従うでしょう」と。
- *11易経乾卦・文言伝「子曰、君子進徳修業、忠信、所以進徳也、修辞立其誠、所以居業也。」
- *12政治は作為あり。然れどもその作為は徳を以てするが故に人々感応して帰す。故に作為の跡無し。人の帰するは徳にあって政に在らず。
- *13傀然(ひとり安らかにおる意)に同じか?
- *14曰くの範囲不詳
- *15履祥は金仁山の名。仁山は号。