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論語-学而[10]

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原文

子禽問於子貢曰。夫子至於是邦也。必聞其政。求之與。抑與之與。子貢曰。夫子温良恭儉讓以得之。夫子之求之也。其諸異乎人之求之與。

書き下し文

[非表示]

子禽しきん子貢しこうに問うて曰く、
夫子ふうし、是のくにに至るや、必ず其の政を聞く。
之を求めたるか、あるひは*12之を与へたるか、と。
子貢曰く、
夫子は温良おんりょう恭倹きょうけんじょう以て之を得たり。[1][2][3][4][5][6]
夫子の之を求むるや[7]、其れれ人の之を求むるにことなるか、と。[8][9][10][11][12][13][14][15][16][17][18]

現代語訳・抄訳

子禽が子貢に尋ねた。
先生が諸国を訪れると必ず政治について助言を求められます。
これはご自分から求めているのでしょうか、それとも政治家が自然と尋ねてくるのでしょうか、と。
子貢が言った。
先生はその人柄でこれを得たのです。
先生がこれを求めるのは、人がこれを求めるのと本質的に違うのです、と。

出典・参考・引用
久保天随著「漢文叢書第1冊」53-56/600,簡野道明著「論語解義」20-21/358,伊藤仁斎(維禎)述、佐藤正範校「論語古義」21/223
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備考・解説

謙譲は君子の徳。
人が求めざれば己も求めず、人が頼れば速やかにこれを為す。
我も我もと往きたるは小人の常、君子は温良恭倹なるが故に自ずから然り。
君子の常態は顕達を求めるものとは本質的に異なることを知るべし。
謙の六爻全て善し。
謙譲の徳の至れるを想うべし。

注釈

王観濤
夫子の盛徳内に在る者は言ひ難し。
故に其の光輝人に接はる者を以て之を言ふ。(王観濤)
朱子
温は和厚なり、良は易直なり、恭は荘敬なり、倹は節制なり、譲は謙遜なり。
五者は夫子の盛徳光輝、人に接する者なり。(朱子)
西山の真氏
和は厚の字を兼ね、まさに温の義を尽くす。
和は春風和気の和の如し、厚は坤厚物を載するの厚の如し。
和は惨暴ならざるなり、厚は刻薄ならざるなり。
荘は容を主とし、敬は心を主とす。
中より外に発す、故に恭と曰ふなり。
謙は己の善をほこらざるを謂ふ。
遜は善を推して以て人に帰するを謂ふ。(西山の真氏)
講述
温と良と相似たり。
温は暴厲ぼうれいならざるを以て言ひ、良は嬌激きょうげきならざるを以て言ふ。
恭と譲と相似たり。
恭は之を持するに慢ならざるを以て言ひ、譲は人を待するに驕らざるを以て言ふ。
倹は是れ侈然として自放せざるの謂ひ。(講述)
新安の陳氏
夫子の盛徳、備はらざる所無く、もとより此に止まらず。
此れ乃ち盛徳の光輝、人に接するの際に発見する者。(新安の陳氏)
林氏少穎
聖人の盛徳を形容する、必ず其の著見ちょけんする者を推して之を言ふ。
欽明きんめい文思ぶんしと曰ひ、濬哲しゅんてつ文明温恭允塞いんそくと曰ひ*1斉聖廣淵と曰ひ、文王徽柔びじゅう懿恭いきょう*2と曰ひ、夫子を温良恭倹譲と曰ふ。
皆な其の徳のいちじるしき者を以て之を言ふなり。(林氏少穎)
不明
夫子の之を求むるは、其の求の字を借りて、反て之を言ふを以て、夫子未だ嘗て求めざるを明らかにす。
孟子の堯舜の道を以て湯にもとむと言ふが如きなり。(不明)
佐藤一斎
夫子盛徳の至り、愈々抑へて愈々あらはる。
人に取らずして人自ずから之に感ず、此れ求めざるの求なり。
子貢、言語に長ず、其の言極めて妙なり。(佐藤一斎)
不明
夫子、温良恭倹の徳あり、尚ほ且つ辞譲なり、以て其の政を聞くを得。
之を求むるの跡ありと雖も、然れどもれを他人の之を求むる者にくらぶれば、大いに径庭けいていあるなり、善くさとすと謂ふべし。
夫れ善く人を喩す者は開いて達せず、其れをして思ひて之を得しむるなり。
夫子、温良恭倹の四字一句、譲以得之の四字一句、孝経の哭泣擗踊、哀以逆之と同句法。
鄭玄、誤りて以て五徳と為し、諸家終に是正する能はず、たとひ義は通ずべきも、其の辞を奈何せん。
古人の文、豈に醜拙しゅうせつなること是の如き者あらんや。(不明)
正解
即ち子が所謂きゅうなる者はかくのごとくにして、しかも我が夫子の盛徳自然の感を以て之を求むるを論ずるなり。
其れれ他人の心有りて以て之を求むる者に異ならんか。
蓋し人に求めて而る後に之を得るは、他人の求なり。
徳此に在りて人之に応ずるは、夫子の求にして、常情じょうじょうを以て夫子を測る可きか。(正解)
朱子
聖人の過化かか存神ぞんしんの妙、未だ窺ひ測ること易からず。*3
然も此にひて観れば、則ち其の徳盛んに、禮恭しくして、外を願はざることを亦た見る可し。*4
学者、当に心を潜めて*5勉め学ぶべきなり。(朱子)
謝良佐
学者、聖人威儀の間に観て、亦た以て徳に進む可し。*6
子貢の若きも亦た善く聖人を観ると謂ふ可し、亦た善く徳行を言ふと謂ふ可し。
今、聖人を去ること千五百年、此の五者を以て其の形容を想見するに、尚ほ能く人を興起こうきせしむ、しかるをいわんや之に親炙する者に於いてをや。*7(謝良佐)
朱子
此れ子貢、夫子の観る可きの一節を挙ぐるのみ。
若し全体を論ぜば、須らく子、温にしてれいし、威にしてたけからず、恭にして安しといふが如くなるべし。*8(朱子)
雲峰の胡氏
温にしてれいし、威にしてたけからず、恭にして安しは、此れ夫子中和の気象なり。
子貢、温を言ひて厲を言はず、恭を言ひて安を言はず、良倹譲を言ふときは則ちたけからざるを見て、所謂威を見ず。
皆な未だ以て盛徳の形容を尽すに足らず、其の国政を聞くことを得るを以て、しばらく其の光輝物にそなはる者を以て言ふに過ぎざるのみ。
必ず子貢異時のやすんずれば来たり動せば和する等の語の如き、乃ち以て夫子過化かか存神ぞんしんの妙を見るに足れり。
按ずるに饒氏じょうし謂ふ、
此れ即ち聖人中和の気象、と。
又た謂ふ、
集註の過化かか存神ぞんしん未だ窺ひ測り易からずの語と、謝説三の亦の字と、皆なすこしく抑揚の意を寓す、と。
夫れ苟くも是れ中和の気象ならば、則ち謝、当に亦の字を下すべからず。
謝氏を以てすこしく抑揚の意を寓すと為さば、則ち其れ以て中和の気象を尽すに足らざること明らかなり。
饒氏の前後の二説、自ずから相ひ反す、辨ぜずんばある可からざるなり。(雲峰の胡氏)
張敬夫
夫子是の邦に至らば、必ず其の政を聞く、しかれども未だ能く国を委ねて之に授くるに政を以てする者有らず。
蓋し聖人の儀刑ぎけいを見て、之をうくることを楽しむ者は、つねり徳を好むの良心なり。*9
而して私欲之を害す、是を以て終に用ふること能はざるのみ。(張敬夫)
慶源の輔氏
徳を好むの心、もとより有りて発し易く、私欲の害、蔽深くして除き難し。
此れ夫子是の邦に至るとき、必ず其の政を聞いて、未だ能く国を委ねて之に授くるに政を以てする者有らざるなり。(大全)
金仁山
国を委ねて聖人に授くるに政を以てすれば、則ち己以て其の欲を行ふことを得ず、故に終に能はざるなり。
然も私欲各々同じからず。
李桓子の如きは、則ち始め其の弱を振るはんと欲し、終に又た其のへいを失はんことを恐る。*10
楚の子西の如きは、又た夫子の国を得て以て其のせんを正さんことを疑ふ。*11
斉の景公、衛の霊公は、則ち苟且こうしょ自ずから其の欲に適するのみ。(通義)
伊藤仁斎
自ら高尚を為す者、人其の道の高きをうれひ、務めて矜飾きょうしょくを為す者、人其の徳の盛んなるを疑ふ、天下の通患なり。
温良恭倹譲の五者の若き、皆な和順易直、己を謙り自ら卑しくし、以て人の瞻仰せんぎょうを起すに足らず。
夫子、此れを以て心を存す、然れども盛徳の至り、愈々抑へて愈々揚がり、愈々謙りて愈々かがやく、人に取るに意あらずして、人自ずから之に感ず。
此れを求めざるの求と謂ふなり。
嘗て子張に告げて曰く、
質直にして義を好み、慮りて以て人に下り、邦に在りても必ず達し、家に在りても必ず達す、と。
又た曰く、
我はを待つ者なり、と。
子貢之を知る、故に曰く、
温良恭倹譲以て之を得たり、と。
子貢の若きは善く聖人を観し者と謂ふ可し。
学者の当に心を潜めて勉め学ぶべき所なり。(論語古義)

語句解説

子貢(しこう)
子貢。春秋時代の衛の学者。端木賜、字は子貢。孔門十哲の一人。利殖に長け弁舌に優れる。孔子には「往を告げて来を知る者なり」と評された。
孔子(こうし)
孔子。春秋時代の思想家。儒教の始祖。諸国遊説するも容れられず多数の子弟を教化した。その言行録である論語は有名。
温良(おんりょう)
おだやかで素直なこと。
恭倹(きょうけん)
人に対しては恭しく、自分は慎み深くあること。
著見(ちょけん)
はっきり見えること。
堯(ぎょう)
堯。尭。古代の伝説的な王。徳によって世を治め、人々はその恩恵を知らぬまに享受したという。舜と共に聖王の代表。
欽明(きんめい)
つつしみ深く、道理に通じること。欽はつつしみ敬う意。
文思(ぶんし)
文理の深き様。文は文章、彩など表に出てくる部分をいい、思には“ふかい”の意がある。表に出づる部分が内奥より溢れるものであることをいうのであろう。
舜(しゅん)
舜。虞舜。伝説上の聖王。その孝敬より推挙され、やがて尭に帝位を禅譲されて世を治めた。後に帝位を禹に禅譲。
濬哲(しゅんてつ)
幽玄な知恵があること。濬は心がふかく優れる意がある。
文明(ぶんめい)
文理の明らかなる様。文は文章、彩のこと。
温恭(おんきょう)
穏やかでつつしみぶかいこと。
允塞(いんそく)
誠信にして篤実なること。允はまこと、信。塞はふさぐ、まもる、みちる。塞は㥶で実あること。また、“まこと”の古訓がある。
湯王(とうおう)
湯王。天乙。成湯。殷王朝の始祖。賢臣伊尹を擁して夏の桀を倒した。後世に聖王として称賛される。
斉聖廣淵(せいせいこうえん)
斉は中正、聖は通暁、廣は広で広くゆきわたる、淵は深遠。
文王(ぶんおう)
文王。周の武王の父で西伯とも呼ばれる。仁政によって多くの諸侯が従い、天下の三分の二を治めたという。
径庭(けいてい)
こみちと庭。ふたつのものが大きくかけはなれていること。差異。
擗踊(へきよう)
ひどく悲しむ様の形容。擗(へき)は手で胸を撃ち、踊(よう)は足で地をうつ。
常情(じょうじょう)
人情。皆が持っている気持ち。
儀刑(ぎけい)
模範とする。則とする。
苟且(こうしょ)
その場かぎりの間に合わせ。一時逃れ。かりそめ。なおざり。
矜飾(きょうしょく)
身を飾ってほこること。矜はほこる、おごる意がある。
瞻仰(せんぎょう)
仰ぎみる。敬い慕う。瞻は見る意だが、遥か遠くを望み見ることをいう。
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  • *1文思は内に秘めた部分の発露、文明は周囲を照らすこと光輝なるをいうのであろう。玄を尊ぶ心境からいえば、深蔵を顕達に優れりとなす。
  • *2徽と懿はいずれも美。柔と恭の美なること自然なるをいう。
  • *3孟子尽心上「夫れ君子のぎる所の者は化し、存する所の者は神す」
  • *4中庸十四章「君子は其の位に素して行ひ、其の外を願はず」
  • *5揚子法言問神篇「昔、仲尼は心を文王に潜めて之に達せり。顔淵も亦た心を仲尼に潜めて未だ一間を達せざるのみ」
  • *6聖人のその在り方を想い、自らもそうであろうとするべきをいう。
  • *7孟子尽心下「聖人は百世の師なり。百世の上に奮ひ、百世の下、聞く者興起せざる莫きなり。而るを況んや之に親炙する者に於いてをや」
  • *8厲ははげしい。恭にして安しは、足恭ではないということ。いずれも「厳にして愛せられ、寛にして畏れらる」と同じ類い。
  • *9詩経蒸民篇「天、蒸民を生ずる、物有れば則有り、民の彝を秉る、是の懿德を好む」
  • *10李桓子は魯の大夫で実権を握っていた。魯は小国、柄は権力をいう。
  • *11楚の昭王は孔子に七百里の地を贈ろうとし、子西は孔子が拠り所を得て力を持つことは楚のためにはならないと反対した。僭は僭越のように節度を誤ること。
  • *12抑はそもそも。また、或に通じあるいは。

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