荘子
荘子-内篇[養生主][1]
吾が生や
涯有るを以て涯無きに随ふ、
善を為すも名に近く無かれ、悪を為すも刑に近く無かれ。
現代語訳・抄訳
吾が生は限りあるものなれども、知というものは際限なきものである。
この限りあるものを以て限りなきものに随う、これは危いと言わざるを得ない。
故にその危き知を以て事とするような者は絶望的なのである。
善を為すに名利に惑わされてはならないし、悪を為すに刑罰に触れるようではいけない。
中なるを以て常と為すからこそ、その身は自らのものとなり、その生は揺らぐことなく、その親を養生し、その年寿が尽されるのである。
- 出典・参考・引用
- 安井小太郎述「荘子」養生主43-44/121
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