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列子-周穆王[6]

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原文

鄭人有薪於野者。遇駭鹿。御而撃之斃之。恐人見之也。遽而藏諸隍中。覆之以蕉。不勝其喜。俄而遺其所藏之處。遂以為夢焉。順塗而詠其事。傍人有聞者。用其言而取之。既歸告其室人曰。向薪者。夢得鹿而不知其處。吾今得之。彼直真夢者矣。室人曰。若將是夢見薪者之得鹿邪。詎有薪者邪。今真得鹿。是若之夢真邪。夫曰。吾據得鹿。何用知彼夢我夢邪。薪者之歸。不厭失鹿。其夜真夢藏之之處。又夢得之之主。爽旦案所夢而尋得之。遂訟而爭之。歸之士師。士師曰。若初真得鹿。妄謂之夢。真夢得鹿。妄謂之實。彼真取若鹿。而與若爭鹿。室人又謂夢認人鹿。無人得鹿。今據有此鹿。請二分之。以聞鄭君。鄭君曰。嘻士師將復夢分人鹿乎。訪之國相。國相曰。夢與不夢臣所不能辨也。欲辨覺夢。唯黄帝孔丘。今亡黄帝孔丘。孰辨之哉。且恂士師之言可也。

書き下し文

鄭人ていじん、野にたきぎする者有り、駭鹿がいろくに遇ひ、御して之を撃ち之を斃す。
人の之を見るを恐れ、あわてこれ隍中こうちゅうかくし、之を覆ふにしょうを以てす。
其の喜びにへず、にわかにして其の所蔵の処をわする。
遂に以て夢と為し、みちしたがひて其の事を詠ず。
傍人ぼうじんに聞ける者有り、其の言を用ひて之を取る。
既にして帰し、其の室人しつじんに告げて曰く、
さきたきぎせる者、夢に鹿を得て其の処を知らず、吾れ今之を得たり。
彼はまことに真に夢みたる者なり、と。
室人曰く、
なんじた是れ夢にたきぎせる者の鹿を得るを見たるか。
なんたきぎせる者有らんや。
今、真に鹿を得る、是れなんじの夢、真なるか、と。
夫曰く、
吾れたしかに鹿を得たり、何をもつて彼の夢は我が夢なるを知らんや、と。
薪せる者の帰するや、鹿を失ひしにかず、其の夜、真に之を蔵するの処を夢み、又た之を得るの主を夢む。
爽旦そうたん、夢みし所を案じて之を尋ね得て、遂にうったへて之を争ひ、之を士師ししに帰せり。
士師曰く、
なんじ、初め真に鹿を得て、妄りに之を夢と謂ひ、真に夢に鹿を得て、妄りに之を実と謂ふ。
彼は真になんじの鹿を取りて、なんじと鹿を争ふも、室人、又た夢に人の鹿を認めたるにて、人の鹿を得たるもの無しと謂ふ。
今、たしかに此の鹿有り、請ふ、之を二分せん、と。
以て鄭君ていくんもうす。
鄭君曰く、
ああ、士師、将にた夢に人の鹿を分つか、と。
之を国相こくしょうふ。
国相曰く、
夢と夢ならざるとは臣の弁ずること能はざる所なり。
覚夢かくむを弁ぜんと欲せば、唯だ黄帝こうてい孔丘こうきゅうのみ。
今、黄帝・孔丘亡し、たれか之を弁ぜんや。
しばらく士師の言にしたがへば可なり、と。

現代語訳・抄訳

ていの人で薪を取る者が居た。
ある時、野に行くと驚いて走りだす鹿に出会い、これを待ち受けて撃ち倒した。
人に見つかることを恐れた薪取りは、慌ててこれを溝の中に入れ、上から草で覆い隠した。
大変喜んだ薪取りであったが、あまりの嬉しさにふと隠した場所を忘れてしまい、遂に夢となしてあきらめ、道すがらその事を呟いた。
傍らにこれを聞き付けた男が居た。
男はその言葉から鹿の在り処を見つけだし、家に持ち帰った。
家に帰ると、男は妻に告げて言った。
先ほど、薪取りが夢に鹿を得て隠した場所を忘れたと言っていたので、それを探し出したら見つけることが出来た。
彼の夢は真実であった、と。
妻が言った。
あなたが薪取りの鹿を得たるを夢見たのではありませんか。
あなたの夢だとすれば、どうして薪取りが居りましょう。
今、本当に鹿を得ましたが、これはあなたの夢が本当だったのではありませんか、と。
夫が言った。
鹿を得たことは真実だが、彼の夢が我が夢であったのかは分かりようがない、と。
薪取りは家に着いたが、鹿を失ったことを忘れられずにいた。
その夜、今度は本当に鹿の隠し場所とこれを探し出した者の夢を見た。
夜が明けると、薪取りは夢を頼りにして鹿の在り処を捜し求め、遂に鹿を巡って争いとなり、裁判となった。
司法官が言った。
お前は、初め本当に鹿を得て、妄りにそれを夢だと言い、今度は本当に夢に鹿を得て、妄りにそれを真実だと言う。
彼は、本当にお前の鹿を取りて、お前と鹿を争うも、その妻は夢に鹿を得たる人を見て鹿を得たのであって、人の鹿を得たのではないと言う。
今、ここに鹿があることは真実である。
故にこれを二分すればよい、と。
そして判決を鄭の君主に奏上した。
鄭君ていくんが言った。
ああ、この裁判もまた夢のようなものである。
司法官は夢に人の鹿を分つか、と。
そして判決を宰相に相談した。
宰相が言った。
夢か夢でないかは私には分かりません。
覚夢かくむを論じようと欲するならば、ただ黄帝こうていや孔子の如き人物でなければいけません。
今は黄帝も孔子も居りませんから、これを判断できる者など居ないのです。
ですから、司法官の判決の通りにするが宜しいかと存じます、と。

出典・参考・引用
久保天随著「列子新釈」巻上95-96/135,塚本哲三編「老子・荘子・列子」370-371/452
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列子
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語句解説

隍(こう)
空堀。溝。
據(きょ)
拠。よる、しめる、よりどころとする、もとづく、さだめる。安定して繋がるもの、根拠となるところをいう。
爽旦(そうたん)
翌日の早朝。夜明けの爽やかな頃。
士師(しし)
司法官。裁判官。五禁の法を掌る者。
黄帝(こうてい)
黄帝。軒轅(けんえん)。伝説上の帝王で理想の君主として尊ばれる。文学、農業、医学などの諸文化を創造したとされる。
孔子(こうし)
孔子。春秋時代の思想家。儒教の始祖。諸国遊説するも容れられず多数の子弟を教化した。その言行録である論語は有名。
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