論語-学而[8]
原文
子曰。君子不重則不威。學則不固。主忠信。無友不如己者。過則勿憚改。
書き下し文
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子曰く、
君子[1]、重からざれば則ち威あらず[2]、学べば則ち
忠信を
現代語訳・抄訳
孔子が言った。
君子たる者、重厚ならざれば威風なく、学べば少しも拘泥せず。
忠信を主とし、啓発されぬ者を心友とせず、過誤あらば速やかに改めて固執することなかれ、と。
- 出典・参考・引用
- 久保天随著「漢文叢書第1冊」49-52/600,簡野道明著「論語解義」19-20/358,伊藤仁斎(維禎)述、佐藤正範校「論語古義」20-21/223
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備考・解説
不重則不威の不重の感覚は現代でも何となく分かると思う。
軽い男、尻軽女等々、同様の感覚で現代でも用いている。
一本芯が通っていて忽せざる存在、その居る所になんともいえぬ風格の漂う存在、これを威有りという。
孔子が「四十五十になって聞くなきは畏るるに足らざるのみ」というように、威風を醸す真の君子なれば、これに交われば自然と感じる所生ずるものである。
学則不固は老子の所謂「絶学無憂」であろう。
絶学とは、道を学び、聖賢の学に志す、絶対的な学問をいい、それは天理に帰する所以なるが故に、憂い無しという。
学びて至るところ天理なれば偏ること無くして悠々自適、孔子の所謂「心の欲するところに従って矩を越えず」である。
なお、固を堅固の意として「重厚ならざれば威儀なく、学んでも堅固にならない」とする説もあるが採らない。
君子の風格は大西郷の晩年を想うべし。
重厚にして威儀あり、人々これに親しんで敬慕せざるなし。
注釈
- 正解
- 此の君子は、乃ち学者の通称、成徳の君子と同じからず。(正解)
- 燃犀解
- 重からずんば、凡そ精神
馳鶩 し、心気飛揚 して、敦重 凝一 の意無く、則ち恂慄 以て威儀を致すこと無し。
之を撼 せば輒 ち動き、之を挹 れば立ちどころに窮す、容易に玩褻 して、威儀無きを覚ゆ。(燃犀解) - 存疑
- 学は知行を兼ぬ。
学びて固からざる所以の者、外に於いて軽き故に、内に於いて固きこと能はざるは、何ぞや。
義理皆な心に在り、心存すれば則ち理存す、心亡べば則ち理亡ぶ。
外に軽きは則ち心亡び、而して理随って以て存せざるなり。(存疑) - 朱子
- 忠を実心と為し、信を実事と為す。(朱子)
- 摘訓
- 主の字最も重し。
忠は是れ学を為すの実心を存す、信は是れ学を為すの実事を尽す。(摘訓) - 燃犀解
- 忠信は
原 と是れ心の體、主なる者は乃ち忠信の心を以て学問の主と為す。
家の主人に、一家其の役使 を聴くが如く、軍の主師 に、三軍其の約束を受くるが如し。(燃犀解) - 楊慈湖
- 忠信は是れ即ち吾の主本、吾が心の外に復た忠信有るに非ざるなり。
人皆な此の忠信の心有り、而して自ずから其の善を為すの主本を知らず、故に孔子明らかに以て之を告げて外を求めること勿らしむ。(楊慈湖) - 朱子
- 人、忠信ならざれば、則ち事皆な実無し、悪を為すは則ち易く、善を為すは則ち難し。
故に学びし者は必ず是を以て主となすべし。(朱子) - 不明
- 忠信は総べて是れ一
个 の誠心 、必ず分ちて看ず。
主の字最も重し、凡そ事他に靠 て主を做 すの意有り。(不明) - 陳氏
- 主と実と対すれば、実は是れ外人、出入常あらず、主は常に
屋裏 に在り。
忠信を主とするは、是れ忠信を以て常に吾が心の主と為す。
心主とする所の忠信なれば、則ち其の中許多 の道理都 て実、忠信無くんば則ち道理都 て虚に了 る。
主の字、極めて力有り。(陳氏) - 程子
- 人道は唯だ忠信に在り。
誠ならざれば則ち物*1無し、且つ出入時無く、其の郷を知る莫き者は人心なり。*2
若し忠信無くんば、豈に復た物有らんや。(程子) - 朱子
- 問ふ、
伊川 、「忠信を謂ふ者、人を以て之を言ふ、之を要すれば則ち実理」と謂ふは、何ぞや、と。
曰く、
人を以て之を言へば則ち忠信と為す、人を以て之を言はざれば則ち只だ是れ箇の実理。
誠なる者は天の道といふが如きは、則ち只だ是れ箇の実理、惟だ天下の至誠といふが如きは、便ち是れ人を以て之を言ふなり、と。(朱子) - 西山の真氏
- 論語には只だ忠信と言ひ、
子思 孟子は始めより誠と言ふ。
程子 、此れに於いて乃ち忠信と誠とを合して之を言ふ。
蓋し誠は全体を指して言ひ、忠信は人の力を用ひる処を指して言ふ。
忠信を得尽せば、即ち是れ誠、孔子、人を教ふるに、但だ行の処に就きて説く、行尽くる処に到りて、自然に本原 を識り得。
子思 孟子は、即ち本原を併せて発して以て人に示すなり。(西山の真氏) - 新安の陳氏
- 誠あらざれば物無し*3、あらざる者は之をせざるなり。
人、誠実あらざれば、則ち此の事物無し。
集註に所謂、人忠信あらざれば、則ち事皆な実無きは、即ち誠あらざれば物無きの意。(新安の陳氏) - 焦循
- 忠信の人に親しみ、己に如かざる者を友とする無かれ、両つながら相ひ呼応す。(焦循)
- 李九我
- 友とする
毋 れとは、之を拒むに非ざるなり。
但だ吾が朝夕親近する所の者、是の人に非ざるなり。(古今大全) - 講述
- 交を択ぶを以て言ふときは、則ち己に如かざるを友とすること
毋 れ。
交を全うするを以て言ふときは、則ち善を嘉して不能を矜 れむ。(講述) - 黄震
- 友なる者は仁を
輔 くるの任、以て其の人に非ずんばある可からず。
故に仲尼 嘗て曰く、
吾れ死せば、商 や日に進まん、賜 や日に退かん。
商は好んで己に勝れる者に処り、賜は好んで己に如かざる者に処る、と。(黄氏日鈔[巻四十五]) - 朱子
- 大凡、師は則ち其の己より賢なる者を求め、友は則ち其の勝れる者を求む。
不肖 なる者に至りては、則ち当に之を絶つべし。
聖人の此の言、必ず其の己に勝れる者を求むと謂ふに非ず。
今人 の友と取るに、其の己に勝れる者を見ては則ち多くは之を遠ざけ、而して己に及ばざる者は則ち好んで之に親しむ。
此の言乃ち学者の病を救ふ所以なり。(大全) - 注解
- 心なくして理に違ふを過と云ふ、心ありて理に
悖 るを悪とす。
自ら治むるに勇あれば、過、反 って善となる。
自ら治むるに勇あらざれば、過、必ず流れて悪となるが故に、学者は過を知って速やかに改め、善に移るを肝要とす。
聖人より以下は、誰か過なからん。(注解) - 程子
- 学問の道は他無し。*4
其の不善を知るときは、則ち速やかに改めて善に従ふのみ。(程子) - 慶源の輔氏
- 苟くも未だ聖人に至らずんば、
孰 か能く過ち無からんや。
倘 し或ひは畏れ難 りて苟安 せば、則ち過 益 以て大に、志益 以て惛 し。
己に勝るの友を惟 はざれば、将に我を舎 てて去らんとす、而して忠信の徳も亦た以て自ずから進むこと無し。
故に過ちを改むるに憚ること勿れといふを以て終ふ。
之を要する、始学より成徳に至るまで、唯だ過ちを改むるを最も急と為す。(慶源の輔氏) - 蒙引
- 学は威重を以て質と為し、忠信より以下は、則ち皆な学者の要務なり。
夫れ重厚にして威有らば、則ち学びて固かる可し。
忠信を主とするときは、則ち学の大本立つ。
友、己に勝ち過ちを改むるを速やかにせば、則ち日に新たなり。
学の道たる要は此れに外ならず、此の数者*5は亦た本を務むるの意。(蒙引) - 朱子
- 問ふ、
忠信を主とするを、重からざれば威あらずの後にするは、何ぞや、と。
曰く、
聖賢の学を為すの序、須らく先づ外面分明に形象有る処より、把捉 扶竪 して起し来るべし、と。(大全) - 存疑
- 威重は是れ学を為すの規模、
譬 へば耕種 の田地の如し。
忠信は下に種子有るが如し。
己に勝るを友とするは、培養するが如し。
速やかに過を改むるは、芟艾 するが如し。(存疑) - 游酢
- 君子の道は、威重を以て実と為し、而して学を以て之を成す。
学の道、必ず忠信を以て主と為し、而して己に勝れる者を以て之を輔く。
然も或ひは過を改むるを吝 まば*6、則ち終に以て徳に入ること無く、而して賢者も亦た未だ必ずしも告ぐるに善道を以てするを楽しまず。*7
故に過てば改むるに憚ること勿れを以て終ふ。(游酢) - 楊時
- 其の衣冠を正しうし、其の
瞻視 を尊うして、儼然 たり、人望みて之を畏るるときは、則ち重くして威有り。*8
重からざれば則ち物の為に遷され易し、故に学も則ち固からず。
忠信を主とするは諸 れを己に求むるなり、友を尚 ぶは諸れを人に取るなり。
諸れを人に取りて以て善を為す、而も友其の人に非ざれば、則ち淪?*9して敗る、故に己に如かざる者を友とすること無かれ。
志を合せ方 *10を同じうし、道を営み術を同じうするは、所謂己に如く者なり。
善を聞けば則ち相ひ告げ、不善を見れば則ち相ひ戒む、故に能く相ひ勧 て善なり。
過ちて改むるに憚るは亦た以て徳を成すに足らず。(楊時) - 伊藤仁斎
- 此の章は一句各々是れ一字、皆な切要の言なり。
凡そ論語の諸章は、直 に一時の言を記せる者有り、異日の語を併せ録せる者有り、数言を綴輯 して以て一章と為せる者有り。
此の章の如きは是れなり。
蓋し孔門の諸子、夫子平生の格言を綴輯 し、以て一章と作 して自ら之を相ひ伝授せしなり。
後の学者、亦た当に自ずから佩服 すべし。(論語古義) - 伊藤仁斎
- 忠信を主とするは孔門学問の定法なり。
苟くも忠信を主とせざれば、則ち外は似て内は実に偽り、言は是にして心は反 て非なり。
与 に並びて仁を為し難き者有らん、色は仁を取りて行の違ふ者有らん。
後儒 徒 に敬を持するを知りて、忠信を主とするを以て要と為さざるは、亦た独り何ぞや。(論語古義)
語句解説
- 馳鶩(ちぶ)
- 鶩馳(ぶち)。はやく走ること。鶩は「あひる」の意だが、驚に通用する場合がある。
- 恂慄(じゅんりつ)
- ひきしまって、きびしい様子。恂はおそれつつしむ様、慄は厳しい様をいい、戦戦兢兢と同じ意。
- 威儀(いぎ)
- 容止動作。威厳があってその行動が礼儀に適っていること。
- 玩褻(がんせつ)
- もてあそびけがすこと。
- 役使(えきし)
- 使役すること。使われる者。召し使う。
- 屋裏(おくり)
- 家の中。
- 許多(きょた)
- あまた。数多。数の多いこと。
- 程伊川(ていいせん)
- 程伊川。北宋時代の人。兄の程明道とともに二程子と尊称される。窮理によって天理に帰すべしという思想を展開し、後に朱子学の根幹となった。
- 子思(しし)
- 子思。春秋時代の魯の学者。孔子の孫で、孔子の高弟であった曾子に師事した。中庸の著者とされる。
- 孔子(こうし)
- 孔子。春秋時代の思想家。儒教の始祖。諸国遊説するも容れられず多数の子弟を教化した。その言行録である論語は有名。
- 子夏(しか)
- 子夏。春秋時代の魏の学者。名は商。孔門十哲の一人。文学に秀でる。孔子に「子夏なればこそ詩を共に語るに足る」と称えられた。
- 子貢(しこう)
- 子貢。春秋時代の衛の学者。端木賜、字は子貢。孔門十哲の一人。利殖に長け弁舌に優れる。孔子には「往を告げて来を知る者なり」と評された。
- 苟安(こうあん)
- 一時逃れ。一時の安楽を求めること。
- 把捉(はそく)
- しっかりとつかむこと。かたく決心して動かないこと。
- 扶竪(ふじゅ)
- 堅く立てる。正しくまもる。扶はまもる、たすける意で、竪はまっすぐ、ただしい、たてる意。
- 耕種(こうしゅ)
- 耕稼。たがやしうえること。
- 芟刈(さんがい)
- 刈り取ること。芟はくさかる、刈はかる。また、刈は乂(がい)、艾(がい)に通じ、草をかる意。
- 瞻視(せんし)
- みる。目をあげてみる。瞻も視もみる意。ただし、瞻は遠く遥かを望み見ることで、視は神意の示すところを見る意。
- 綴輯(ていしゅう)
- 編集。つづり集めること。
- 佩服(はいふく)
- 身につけること。佩伏。
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- *1天地万物の意か。万物一体の仁に至るが如き
- *2孟子告子上篇「孔子曰く、操れば則ち存し、
舍 つれば則ち亡ぶ、出入時無く、其の郷を知る莫しとは、惟れ心の謂ひか、と」 - *3中庸二十章「誠なる者は物の始終、誠あらざれば物無し」
- *4孟子告子上篇「学問の道は他無し、其の放心を求むるのみ」
- *5主忠信。無友不如己者。過則勿憚改。
- *6書経仲虺之誥篇「過を改むるに吝ならず」
- *7毛詩千旄篇小序「衛の文公、臣子多く善を好む、賢者告ぐるに善道を以てするを楽しむ」
- *8論語尭曰「君子、其の衣冠を正しくし、其の瞻視を尊くして、儼然たり。人望みて之を畏る。斯れ亦た威ありて猛からざるにあらずや」
- *9抜け字
- *10目指すところか