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熊沢蕃山

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孝経小解-父母生績[4]

作事さくじには品々あり。
聖人の作事あり、作者是を聖といふ、是れなり。
賢人の作事あり、仁人、豪傑の作事あり、天地ひらけていまだ跡なき事なれども、其の時代になくて叶はざる事を始めて為し給ふは、聖人の作事なり。
鬼神の造化にて、空中より、なきものの生ずるがごとし。
聖人、神明の徳あり、いにしへを師とし、今の時所位をしり、時中の至善を行はば賢人の作事なり。
仁人、豪傑の心の位は、故人にいたらざれども、衆に父母たるの仁心、厚く、よく人をあげ用ひ、人情事変に達して式を定め、四海におだやかにて人民万歳を楽しむは、仁人、豪傑の作事なり。
時所位に叶ひたる政教なれば、諸国則り、後世、称すべし。

容は一身の諸容なり。
頭容とうようは直、口容こうようは止、手容しゅようは恭、足容そくようは重といへり。
止は言を慎むかたちなり、一身の容は言より重きはなし、故に止をあげて直、恭、重をかねたり。
観る可しは美称の言なり。
世間にも、人柄のよきは見事なる人と云へり。
事の善なるをば、見られたる事といへり。
諸官、備はりて仁政あまねき時は、衣裳をたれて天下治まる。
天言はず四時行はれ、万物育す、乾坤にとれる堯舜ぎょうしゅん至治しちの徳容なり。

進退、行蔵こうぞうは君子の大義なり。
舜の歴山れきざんに耕し給ふ時は野人に異なる事なし、聖徳を知る人なし、退蔵たいぞうの至りなり。
帝堯の君によりて、出でて雲上うんじょうの交はりをし給ひ、摂政を命ぜられ給へば、生まれ付きたる公卿こうけいのごとし、進行の至りなり。
堯崩じ給ひて三年の間は、天下の政道一人して取り行ひ、うたがひを、さけず、辞する所なかりしは進行なり。
三年の喪終りて、堯の子に譲りて去り給ふは退蔵たいぞうなり。
諸侯百官、堯の子に行かずして舜に行く、天与へ人応ず、止むを得ずして出でて帝位にき給ふは進行なり。
其の間に一毫のまじはりなし、天下後世、法度とすべきなり。
周の泰伯にありては、三度、天下を以て譲り、民、其の徳を称する事を知らず、退蔵の至りなり。
大舜、泰伯、地をかへば同じからん。
其の外、日用動静、進退あらずと云ふ事なし。
君子は仁に進み、知に退き、義に進み、禮に退く、百世ひゃくせいとすべし。

出典・参考・引用
中江藤樹訳、熊沢蕃山(伯継)述「孝経」48-49/88
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語句解説

行蔵(こうぞう)
行き蔵(かく))れる。出処進退。世に処する道。
泰伯(たいはく)
泰伯。太伯。呉の始祖。周の古公亶父の長子。末弟の季歴の子である昌(後の文王)が聖瑞を以て生まれ、父が「我が周は昌の代に至って大いに栄えるであろう」と言ったことから、父の意を察して次弟の仲雍と共に江南に赴き呉国を建国。
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