范曄
後漢書-列傳[馬援列傳][3-4]
王莽が末、四方の兵起こる、莽が従弟の衛将軍
莽、渉を以て
莽が敗するに及び、援が兄の員は時に
世祖が即位す、員、先づ洛陽に詣る、帝は郡に復た員を遣はしむ、官に卒す。
援は因りて西州に留す、
是の時に公孫述は蜀に於いて帝を称す、囂、援をして往かしめて之を観る。
援、素より述と
而して述、盛んに
述、
賓客皆な留まりしを
天下雌雄未だ定まらず、公孫、
此れ子、何ぞ久しく天下の士を
因りて辞して帰る、囂に謂ひて曰く、
子陽は
現代語訳・抄訳
王莽の治世に限りがみえ始めると各地で反乱が勃発したので、王莽の従弟である衛将軍の王林は民間から優秀な者を選抜し、馬援や原渉を招いて属官として王莽に推薦した。
そこで王莽は原渉を天水の太守とし、馬援を漢中の太守に任命した。
王莽が敗れると、馬援は上郡の太守であった兄の馬員と共に難を逃れ、北方の涼州へと亡命した。
やがて光武帝が即位すると、馬員は洛陽にのぼって謁見し、馬員は再び太守となったが、しばらくして在官のまま卒した。
そのまま涼州に留まっていた馬援は、その地で覇を唱え始めた隗囂に重用されて綏徳将軍となり、共に天下の事を図るようになった。
丁度その頃、蜀の地では公孫述が帝を称していたので、隗囂は馬援を使者として遣わしてその様子をさぐらせた。
馬援は公孫述と同郷の間柄で旧知であったので、自分が往けば昔のように手を握るが如くに喜んで迎えてくれるだろうと思っていた。
だが、実際に行ってみると公孫述は衛兵を整列させて馬援と謁見し、交拝の礼が終るとさっさと宿館へと帰らせ、馬援の為に白糸で織り重ねた衣服と交譲の木で飾った冠を整えてから宗廟の中に百官を集め、馬援を旧交の席に就かせた。
公孫述は鸞の刺繍の旗を先頭の馬に立てて天子が出入りするように静めてから車に行き、立礼の法に則って入り、部下達を豪奢に礼遇し、馬援を諸侯に封じて大将軍の位を与えようとした。
その歓迎ぶりに馬援の部下達は馬援が公孫述の元に留まることを願った。
これを察した馬援は云った。
天下はこれからどう転ぶかわからぬ状況である。
されど、公孫述はすべてを差し置いてでも国士を出迎えて共に天下の事を図らんとする気概もなく、いたずらに辺幅を修飾するばかりで人形の如くに誠意がみられない。
そのような人物のもとに、どうして天下の士が久しく留まるということがあるだろうか、と。
そして馬援は公孫述のもとを去り、隗囂に復命して云った。
公孫述は井底の蛙に過ぎません。
妄りに尊大ぶるばかりで実がなく、故に東方の光武帝に意を注ぐが肝要でありましょう、と。
- 出典・参考・引用
- 長澤規矩他「和刻本正史後漢書」(二)p603-604
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語句解説
- 王莽(おうもう)
- 王莽。前漢の末に事実上の簒奪によって帝位を奪い、新を建国。儒教の理想を強引に政治に当てはめて混乱、民衆の反乱が続発し建国わずか15年で滅亡。
- 雄俊(ゆうしゅん)
- 英俊。すぐれた才知をもっている人物のこと。
- 馬援(ばえん)
- 馬援。後漢の名将。辺境討伐に功あり。年老いて後も戦場に在ることを求め戦陣にて病没した。「老いてはますます壮んなるべし」などの言葉を残している。
- 辟(へい)
- 召す。仕える。招聘する。また、「つみ(刑罰)」の意に用いられることもある。
- 掾属(えんぞく)
- 属官。下級の役人。掾史。
- 鎮戎(ちんじゅう)
- 天水のこと。王莽は天水を改めて鎮戎とした。
- 大尹(たいいん)
- 太守のこと。王莽は太守を改めて大尹とした。
- 新成(しんせい)
- 漢中のこと。王莽は漢中を改めて新成とした。
- 増山(ぞうざん)
- 上郡のこと。王莽は上郡を改めて増山とした。
- 連率(れんそつ)
- 太守の意。王莽が改称した。王莽は封爵によって呼び名をかえており註釈に「王莽の法では郡を治める者は、公を牧とし、侯を卒正と称し、伯を連率と称し、封爵無きを尹と為す」とある。
- 劉秀(りゅうしゅう)
- 劉秀。後漢の始祖。光武帝。文武両道、民衆に親しまれ、その治世は古の三代にも匹敵したとされる。名君の代表として有名。
- 隗囂(かいごう)
- 隗囂。前漢末の武将で、光武帝劉秀と覇権を争い隴西を拠点として勢力を得た。晩年、窮地に陥り公孫述に臣従して光武帝と対抗するも病死。死去の一年後に勢力は滅亡した。
- 籌策(ちゅうさく)
- 計略。はかりごと。たくらみ。
- 公孫述(こうそんじゅつ)
- 公孫述。前漢末に巴蜀の地に覇を唱え、光武帝劉秀と最後まで覇権を争った群雄。虚栄心の強い人物として描かれる。
- 里閈(りかん)
- 里門。里閭。村里の入り口の門。
- 陛衛(へいえい)
- 宮殿下の護衛。天子を護衛する兵。近衛兵。
- 交拝(こうはい)
- 相拝すること。
- 都布(とふ)
- 荅布のことで白い重ねた布。粗い布。
- 単衣(たんい)
- ひとえの着物、一枚の着物。
- 交譲(こうじょう)
- 新年などの祝い事の飾り物とする「交譲木」の意だと思われる。古い葉が新しい葉の現われと共に落ちるのでこの名がある。父から子に譲るの意がある。
- 鸞旗(らんき)
- 天子の車に立てる旗。鸞(鳳凰の一種で太平の世にあらわれるとされる)のぬいとりがしてある。
- 旄騎(ぼうき)
- 先駆の騎。
- 警蹕(けいひつ)
- 天子の出入りに人を制止すること。
- 磬折(けいせつ)
- 立礼の法。からだを曲げて礼をすること。
- 礼饗(れいきょう)
- 敬意をもって賓客をもてなすこと。
- 封侯(ほうこう)
- 諸侯として封ずること。土地を分け与えて諸侯にすること。
- 哺(ほ)
- 口の中に入れた食べ物。
- 偶人(ぐうじん)
- 人形。木偶。
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