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朱熹

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二程全書-遺書伊川先生語五[79]

先生云はく、
某、十七八り論語を読み、当時すでに文義をさとるも、之を読むこといよいよ久しうして、但だ意味深長なるを覚ゆ。
論語は、読了して後に全く事無き者有り、読了して後に其の中の一両句を得て喜ぶ者有り、読了して後に之を好むを知る者有り、読了して後に手の舞ひ足のむを知らざる者有り、と。

現代語訳・抄訳

伊川先生が言った。
私は十七八才の頃より論語を読み、当時はすでに文義を覚った気でいたが、年を経ること久しきに及ぶ程に、ただ意味深長にして窮まり無きことを覚えるのである。
論語を読む者に四あり。
読み終わりて後に何も思わざる者、読み終わりて後に会心の語句を得て喜ぶ者、読み終わりて後にその深きを覚えて好む者、読み終わりて後に手の舞い足の踏むを知らざるの心となるに至る者である、と。

出典・参考・引用
久保天随著「漢文叢書第1冊」27/600
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古典
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備考・解説

大全に慶源の輔氏曰く、
之をこのんで饜飽えんほう充足すれば、其の楽しみ形容す可からざる者有り、是れを以て手の舞ひ足のむに見るなり、と。

語句解説

饜飽(えんほう)
食べ飽きること。
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関連リンク

程伊川
中国の北宋時代の儒学者。1033-1107年。名は頤で字を正叔、河南伊水…


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