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孫武

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孫子-九地[8]

故に兵の事を為すは、したがひて敵の意をいつはるに在り、敵を併せて一に向はしめ、千里に将を殺す、是を巧みにして能く事を成すと謂ふ。
是の故にせいぐるの日、関をふさち、其の使を通ずる無し。
廟廊びょうろうの上をはげまして、以て其の事をおさめ、敵人開闔かいこうせば、必ずすみやかに之に入り、其の愛する所を先にし、ひそかに之と期し、ぼくみ敵に随ひて、以て戦事せんじを決す。
是の故に始めは処女の如く、敵人、戸を開き、後には脱兎の如く、敵、ふせぐに及ばず。

現代語訳・抄訳

故に兵事の要は、敵の意に逆らわずしていつわるに在る。
敵の赴くところ我が掌中しょうちゅうを離れず、以て千里の遠きに在りとも将を殺すに至る、これを巧みにしてよく事を成すという。
この故に戦を致さんと定め、勝敗の義を謀りて万全を期せんとするならば、必ず関所を塞ぎ、割符を断ち、敵味方いずれの往来も許さず。
廟算を尽くし、その事を治めて漏らさず、然る後に敵の間者を以て城中に招き入れ、欲する情報を偽り流して約したが如くにその行動を掌握し、用兵の常法を守って敵に従い、以て勝負を致す。
始めは処女の如くに致して敵に戸を開かせ、然る後に脱兎の如くに出でてその不意を撃つ、故に敵はこれをふせぐことが出来ないのである。

出典・参考・引用
山鹿素行注・解「孫子諺義」161-163/183
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備考・解説

愛する所を先にしは、間者が欲するところの情報を与えること。
ひそかに之と期すは、約さずして約す、即ち知らぬふりして情報を与えてあたかも敵と約したが如くに致してその行動を自らの思うがままに致すこと。
ぼくむは、先の三法をはじめとする兵を用いるの法を尽すこと。
常山の蛇然り、九地の変然り、迂直の計然り。
敵に随うは、奇正虚実の万変窮まり無くして水の地に従うが如く、その勢い敵に従いて及ばざること無きをいう。
虚実篇に曰く「兵に常勢無く、水に常形無し」と。
処女の如くは、よく謹み謀りて身を全くし敵は窺うを得ず、故に敵はその戸を開き、その虚を生ず。
脱兎の如くは、敵の虚を衝いて速やかに出づ、故に敵はふせぐを得ず。
始計篇に曰く「其の備へ無きを攻め、其の不意に出づ、此れ兵家の勝、先づ伝ふ可からざるなり」と。
なお、「愛する所を先にし」「微に之と期す」「墨を踐む」「敵に随う」の部分は山鹿素行の説及び旧説と解釈が異なる。
山鹿素行の説に関しては、敵の間者を都合よく反間させるを得るは通常叶わぬであろうことから採らず。
旧説に関しては、最後の「敵人、戸を開き」と通ず。
この場合は「廟算を尽くし、その事を治めて漏らさず、敵が隙を見せれば速やかに之を撃ち、敵の急所を奪い」といった形になろうが、その後の「微に之と期す」が詳らかならず、故に採らず。
※ただし、用間篇を鑑みると山鹿素行の敵の間者を反間させる説は妥当。
いずれにしても直接的であるか間接的であるかの違いだけで、敵の間者を利用することには変わりはないであろう。

山鹿素行曰く、
此の段、佯字を詳に作り、敵字を力に作る、亦た通ず。
然れども巧みにして能く事を成すの四字に合はざるが故に今は取らざるなり。
明の何言注に云ふ、順詳の二字は乃ち兵家の要、と。
山鹿素行曰く、
我れ偽って彼を謀らんとするときは、彼も亦た我をいつはるべし。
故に人を謀る者は、先づ己を慎むなり。
政挙の日とは、既に戦を取り結び、軍政を為すの日なり、謀を定むるを政挙と曰ふなり、と。
山鹿素行曰く、
誅は魏武注に云ふ、治なりと。
大全に云ふ、成責なりと。
云ふ心は、謀を廊廟において詳らかに致し、其の事を治めて、外に泄ることなきが如く致すなり。
古来、間人往来して我が謀をきくこと多し、謀の泄れるは則ち軍の災いたり、且つ其の事を慎む、この故に謀をなすに常の家宅を用ひず、廊廟の中においてするなり。
詳らかに始計廟算の下に注解あり、と。
山鹿素行曰く、
開闔かいこうは間人を云ふ。
云ふ心は、若し敵方より忍間人いつわり来たらば、知らざるが如くして之を国中に入るべきなり。
開闔かいこうは六韜に見ゆ。
一説に、闔は闔扇こうせんの義、門扇もんせんなり。
云ふ心は、謀を廊廟の上にはげまし、廟算相ととのひ、敵人の虚あるを待ちて、すみやかに是をうつなり。
下文、敵人開戸と同意なりとす。
此の説によるときは、下文の注解も亦たこの心を受けて之を解くべきなり、然れども此の説に随はば、即ち下文の義又た安からず。
旧説に開闔かいこうを以て動静と為す者、未だ安からず、と。
山鹿素行曰く、
愛する所とは、間人の欲する所を先にして、これを与へて、其の心をたぶらかして、敵の間人を以て、反間たらしめ、ひそかに間人と約を定めおくべきなり。
旧説に随ひて、開闔かいこうを以て敵の隙と為さば、則ち先づ敵人の愛する所の処を奪ひ、兵を潜めて以て往き、之と期約する無く、之をして之を知らしめ、微を以て無と為すなり、と。
山鹿素行曰く、
ぼくむと云ふは、間人と相約束しおく所のあとなり。
墨は縄墨じょうぼくなり、縄墨は約束の定法なり。
間人と約束の定法をふみ、而して敵の位を考へ間人の云ふ処に合ふや否やと云ふことをはかる、是をぼくみ敵に随ふなり。
ぼくむは間人の約する所に随ふを指す、敵に随ふは人をはかりて間人の約する所を察するなり。
以て戦事を決すとは、此の如き両様をよくきわめて、而して戦のわざをきわむるなり、決は定なり。
諸家の説皆な云ふ、法の外にえざるは、是れぼくむ、法の中にこうせざるは、是れ敵に随ふ、と。
廣註に云ふ、
兵、変を用ひ奇を用ふと雖も、始終必ず縄墨じょうぼくを守る。
呉王、孫子をして婦人に戦を教へしむ、左右前後跪立、皆な規矩きく縄墨じょうぼくあたる、是れなり、と。
或るひと李卓吾に問ひて曰く、
ぼくみ敵に随ひ以て戦事を決するは、何の謂ひぞやと。
曰く、ぼくむ者は節制の師、平日に教習す。
謂ふ所の校を計り情をもとめ、あらかじめ吾が必ず勝つ可きの道を修め、善く吾が勝つ可からざるの法を保ちて、将の君に受くる所の者をおさむ、是れなり。
敵に随ふ者は、利に因り権を制し、初めより定勢無く、敵に従ひて盈縮えいしゅくし、時に臨みて変化す。
謂ふ所の預設し得ず、先得し得ず、而して将の自ずから出だす所を為し、将と雖も亦た知るを得ざる者、是れなり。
既に得て知らず、故に得て言はず、則ち凡そ言ふ所の者を知る可きか。
是を以て但だ墨有りて世に流傳して、人に得て之をむ可きなり、と。
山鹿素行曰く、
愚謂ふ、此等の事、広く兵家の事に渉る、尤も取りて之を用ふるに足れり、而して恐らくは此の段の正解に非ず。
此の段、敵人開闔かいこうせば、必ずすみやかに之に入るの説に因り捻出し来りて、終りに末篇用間の意を起こす、と。
山鹿素行曰く、
始めはひそかにして静に謀を深くして外に其の機を発せざる、処女の如きなり。
戦事を決して戦を為すに及んでは、脱兎の速くして追いつかざるが如くなり。
敵人戸を開くとは、彼に攻撃すべきのひまあるを云へり、是れ乃ち彼が虚、彼が不意の処なり。
戸を開かざれば兎も脱することを得ず、彼に虚あらざれば是をうつに処無き故に、比喩論説するなり。
我が兵を用ふること此の如きときは、敵之を拒ぐに及ばず。
旧説、処女を以て弱を示すと為す、恐らくは未だ孫子の本意に及ばざるなり。
先段に関をふさぎ符をち廊廟の上にはげます、是れ処女の謂ひなり、及ばずは、不意の義なり、と。
大全に云はく、
処女脱兎の四字、是れ孫子借りて以て兵を用ふるの妙を?(幕の巾が手)するなり。
知るを要す、処女何を以て脱兎なる、必ず敵人の戸を開きて而る後に脱兎たり、若し未だ戸を開かざれば、依然たる処女、むかひてほしいままに動かず、と。
廣註に云はく、
処女脱兎は、謂ふ所の奇正相生ずること環の端無きが如し。
太史公、田単の兵を用ひしを称する、此の如し、と。

語句解説

廟廊(びょうろう)
廟堂。先祖の霊をまつるところ。
開闔(かいこう)
開閉。
廟算(びょうさん)
朝廷で決めた謀。大事を図る際には祖廟の前で評議した。その心は、祖先を敬し、心を一にし、偽らず、漏らさざるをいう。
闔扇(こうせん)
開閉する戸。門のとびら。闔は木を用いた扉、扇は竹や葦(あし)を用いた扉の意。
門扇(もんせん)
門の扉。
縄墨(じょうぼく)
すみなわ。法度。規範。
規矩(きく)
コンパスと物差し。手本。規則。
田単(でんたん)
田単。戦国時代の斉の将軍。斉が燕の楽毅によって滅亡に瀕した際に、反間の計で楽毅を失脚させて国を救った。燕を一夜のうちに壊滅させた火牛の計は有名。
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