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孫武

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孫子-九地[2]

古の謂ふ所の善く兵を用ふる者は、能く敵人をして前後相ひ及ばず、衆寡相ひ恃まず、貴賤相ひ救はず、上下相ひ収めず、卒して集まらず、兵合ひてととのはざらしむ。
利に合ひて動き、利に合はずして止まる。
敢へて問ふ、
おおく整にして将に来らんとす、之を待つはいかん、と。
曰く、
先づ其の愛する所を奪はば、則ち聴かん。
兵の情は速やかなるを主とす、人の及ばざるに乗じ、不虞ふぐの道に由り、其の戒めざる所を攻むるなり、と。

現代語訳・抄訳

古に言う所の善く兵を用いる者は、速やかに至りて必ず虚を撃つ。
故に敵は前後左右いずれも応ずるを得ず、兵の多寡も恃むを得ず、将士いずれも乱れて救うを得ず、三軍いずれも収むるを得ず、士卒は離散して集まらず、兵を整えんとするも治まる無し。
その兵を動かすや、利害の表裏相応ずるを知りて利に合えば動き、利に合わざれば止まる。
敢えて問う、
良将は敵を離し兵を整わせずという。
然るに敵の大軍が整然と来たれば、これを如何にして待つべきか、と。
答えて曰く、
先ず敵の愛する所を奪うべし、さすれば敵の進退は我が意に有り。
兵の情は速きを以て要とす、人の及ばざる所に乗じ、人の思わざる所に出で、備えを恃んで驕りし所を撃つにあり、と。

出典・参考・引用
山鹿素行注・解「孫子諺義」148-150/183
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古典
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備考・解説

一に謀りて敵の愛する所を奪いて気を散じ、故にその進退全からず。
二に速やかに出でて神出鬼没を以てこれを撃つ。
謀攻篇にいうところの「少なれば則ち能く之を逃る」である。
情に関しては、大全に曰く「情は却りて是れ日に変じ日に生ずるところ」と。
兵の情は速きを主とし、兵の体は動かざるを主とす。
兵の法は事々に変じ、兵の用は事々に正し。
動く中に動かざるところあり、動かざるところに動くところあり。
変ずる中に変ぜざるところあり、変ぜざる中に変ずるところあり。
無の至徳、中庸の至りなり。

山鹿素行曰く、
前後相ひ及ばずとは、其の不意を打つが故に、前をうてば後より救ふこと叶わざるなり。
前後と云ふときは、左右も其の内にふくめり。
旧説直解全書に兵を以て其の中を衝つの義とするは非なり。
いづかたをうっても、互いに救ふこと叶わざるを云ふなり。
虚実の篇に出でたると同意なり。
衆寡相ひ恃まずとは、敵の大勢も小勢もさらに之を恃むに足らざるなり。
又た云ふ、衆寡は大陣の小陣を包む、小陣は大陣に依る、是れ相ひ恃むなり。
貴賤相ひ救わずとは、大将と士卒と互いに救ふべきと雖も、凡そ其の不意をうたれ虚をつかる故に救はざるなり。
上下相ひ収めずとは、上軍下軍なり。
前後は近く一手の内にて云へり、上下は惣手の内にて、上軍中軍下軍あり。
収とは、まとめあつむるの心なり、と。
又た云ふ、
貴くして上なる者は将佐なり、賤しくして下なる者は士卒なり、と。
講義云ふ、
前後は勢を以て言ひ、衆寡は数を以て言ひ、貴賤は分を以て言ひ、上下は位を以て言ふ、と。
山鹿素行曰く、
卒離して集まらずとは、一手の内の士卒も、我が変化におどろきて離散してあつまることを能はざるなり。
あつまり合ふと雖も一致せず、是れ兵合ひてととのはざるなり。
是れ皆な古の良将、用兵の速やかにして、其の虚をうつに至らば、迅雷耳を蔽ふに及ばず、この故に敵人散乱して、前後衆寡貴賤上下分合、其の道を得ざるなり、と。
山鹿素行曰く、
利は兵を用ひて勝利をすべきなり。
云ふ心は、良将の兵を用ふる、利にあふときははたらき、集まらざるときは動かざるなり。
上章は彼が不利を云ひ、此の二句へ我が兵の動静を云へり、と。
大全に云はく、
此の題泛講じ得ず、必ず定めて九地に従ひて主とすを要す。
動は即ち九地中の動なり、動に主無し、利を以て主と為す、九地豈に能く尽く利あらんや。
若し死中に生を求めば、即ち死中の利なり。
然れども一害必ず一利有り、人情往々害におもむきて利に背く、故に一の合字を下す、便すなはち時を審らかにし勢をはかり、機をて変に因り、利に揣度したくする有りて、実々害無くして、然る後に之に従ふ、乃ち之を合と謂ふなり、と。
山鹿素行曰く、
愛する所とは、彼が便利にして其の秘蔵にいたし重んずるをいへり。
地の利、糧道、小荷駄、或ひはそのあとを絶ち、其の国の妻子を脅かすが如き、いづれにしても敵の大に重んずるは皆な彼の愛する所なり。
聴くとは、彼れ我に従順なり、是れ我に受制じゅせいの意なり。
一本得字に作る、魏武梅堯臣之に従ふ。
云ふ心は、彼をして我が下知に従はしめんとならば、彼が愛する所を考へて是を奪ふときは、彼れ必ず我に従ふなり。
我に従ふとは彼が進退皆な我の意の如きなり。
虚実篇に謂ふ所の其の必ず救ふ所を攻むるなり、其のく所にそむくなり。
又た云はく、能く敵人をして至るを得ざらしむる者は、之を害するなりと云ふも同意なり。
旧説に地利糧道の二つを愛する所なりと注す、開宗之に従ふ。
魏武は地利を指す、講義之に従ふ。
直解云ふ、積聚せきしゅうの居る所、救援の恃む所、心腹巣穴の本づく所の者、皆な是れ愛する所なり、と。
大全に曰く、
愛する所は亦た必ずしも専ら九地に在りて講ぜず、更に是れ凡そ敵の倚恃いじする所の事、皆な愛する所有る者。
趙奢ちょうしゃ、先づ北山にりて、秦師後れて争ひ得ざるが如き、と是れ愛する所の地。
漢高亞父あほを離間して、項羽力勝ち得ざるが如き、亦た是れ愛する所の人。
之を総ぶるに凡そ愛する所有り、我れ能く先づ他的を奪了せば、他、便ち倚恃いじする所を失ひ、自然我れに聴く、と。
山鹿素行曰く、
及ばずとは、彼が先をうつなり、是れ其の時を考へて、之を為すに及ばざるに乗じてうつなり。
或ひは、夜込にいたし、或ひは朝駆けにいたし、或ひは逆寄せになし、或ひは半途をうつ、皆な及ばざるの時なり。
不虞ふぐの道とは、彼がおもいよらざる道筋より出で其の中をうち、其の旗本をおびやかすなり。
戒めざる所は、其の備への設けありと雖も、戒め守らざる処をいへり。
以上三か条、是を詳らかにするときは、天時地利人変を考へて而して神速に是をうつ。
或の問、この答へにて明白なり。
初めには謀を以て先奪し、後には神速に其の不意不虞ふぐを伐つ、この故に勝たざる無きなり、と。
大全に云はく、
法と云ひ勢と云はずして情と云ふ者は何ぞや。
情は却りて是れ日に変じ日に生ずるところ、自ずから緩を容れず、作文亦た須らく切に九地上に講ずべし。
下文に云ふ所を観ば自ずから見ゆ。
但だ地の利ならざる処、宜しく速なるべからざるなり、即ち地の利なるも亦た宜しく久しく処るべからず、利、久しければ変を生ず、未だ必ずしも害無くんばあらざるなり、と。
又た云はく、
此の題、作戦篇の勝ちを貴び久しきを貴ばざると意同じからず。
此の速字は情字内に在りて討ち出するを要す。
当に敵の愛する所を奪ふの時に当たり、敵人倉卒そうそつたん驚き心乱る、皆な是れ其の情、と。
孫子遺説に云はく、
或ひと問ふ、兵の情は速を主とす、又た云ふ兵の事を為すと。
夫れ情と事と義は果たして異なるかと。
曰く、探測たんそくす可からずして中につつむ者は情なり、施為しいに見れて其の外に成る者は事なり。
情は事の前に隠れ、而して事は情の後に顕る、兵を用ふるの法、隠顕いんけん先後の同じからざるなり、と。

語句解説

三軍(さんぐん)
大軍。上軍、中軍、下軍の三つ。一軍は一万二千五百人をいう。
揣度(したく)
揣量。おしはかる。人の気持ちや考えをおしはかること。
受制(じゅせい)
控制。抑止すること。
倚恃(いじ)
たよること。
趙奢(ちょうしゃ)
趙奢。中国戦国時代の武将。趙の将軍として秦に対抗し戦功を挙げる。廉頗、藺相如と共に国運を担った。
劉邦(りゅうほう)
劉邦。前漢の始祖。秦を滅ぼし、項羽と天下を争う。野人なれども不思議と人が懐き、「兵に将たらざるも、将に将たり」と称せられた。
范増(はんぞう)
范増。秦末の人。楚の項羽の参謀として劉邦の覇権に立ちはだかるも、離間の計によって項羽に疑われて離脱。
項羽(こうう)
項羽。秦末の武人。向かうところ連戦連勝、わずか三年にして覇王を称すも劉邦との一戦に敗れて滅亡。四面楚歌の故事は有名。
倉卒(そうそつ)
あわただしい様。にわかに、急遽に。
探測(たんそく)
はかること。さぐりはかること。
施為(しい)
事を行なうこと。行為。
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