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孫武

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孫子-地形[3]

夫れ地形なる者は、兵の助なり。
敵をはかり勝ちを制し、険阨けんやく遠近を計るは、上将の道なり。
此れを知りて戦を用ふる者は必ず勝ち、此れを知らずして戦を用ふる者は必ず敗る。
故に戦道せんどう必ず勝たば、主、戦ふ無かれと曰ふも、必ず戦ひて可なり、戦道勝たざれば、主、必ず戦へと曰ふも、戦ふ無くして可なり。
故に進みて名を求めず、退きて罪を避けず、惟だ民を是れ保ちて、主に利なるは、国の宝なり。

現代語訳・抄訳

地形というものは、兵の助けに過ぎず。
敵の動静衆寡強弱を察して勝ちを制し、然る後に地形の利を得て之を全くする、これを上将の道という。
上将の道を知りて戦を致す者は必ず勝ち、上将の道を知らずして戦を致す者は必ず敗れる。
故に戦の道は、必ず勝つの見込みあらば、主君が戦う無かれと言うとも戦を致し、勝たざるを知れば、主君が戦えと言うとも戦わずして去る。
このように進みて名を求めず、退きて罪を避けず、ただ民を安んずるを旨とし、主君に利を為すを事とする者、これを国の宝という。

出典・参考・引用
山鹿素行注・解「孫子諺義」142-143/183
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古典
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備考・解説

山鹿素行曰く、
凡そ地形は兵の要なりと雖も、良将の用は地に険易無きに至れり。
然れば地形を必と致して以て敵をはからずして、勝ちを制することを云ふは危し。
故に地形は兵の助けとなるものにして、是れを第一とせよと云ふにあらざるなり。
地形の篇において、地形を必とするを戒めるなり。
孫子が本意を察すべきなり、と。
大全に云ふ、
助字は忽略こつりゃくす可からず。
言ふは、地形は兵を用ふるの一助と為るに過ぎずして、勝ちを制するの道、尤も天を體し人に順ひ敵をはかるを要と為すに在るなり。
但し兵を用ふるは地を知らざる可からず、地を知れば却りて地を恃まず、此の如く講ぜば方に分寸有り、と。
山鹿素行曰く、
戦の道を知ることは、大将の任なり。
大将是を考へて、必勝ならんと存せば、君命なくとも必ず戦ふことすべきなり、然らざるときは、君命ありとも戦ふべからざるなり。
君命も受けざる所有るなり、と。
三略に云ふ、
軍を出だし師を行る、将、自ら専らにするに在るなり、と。
山鹿素行曰く、
大将の道、名のために進むべからず、退くに罪を思ふべからざるなり。
この処は戦うべからざるの利ありと雖も、ここにて戦はざれば、諸人の謗りあるべきと存する故に、致すまじき合戦を致して、死亡に及ぶは、皆な名のために戦ひて、実の忠義にあらざるなり。
又たここは引き取るべきの地なりと雖も、引き退かば必ず君命にたがい罪を受くべきの間、引くべからずとて敗亡に及ぶ、これ罪を恐るが故の敗なり。
皆な忠義の実を失ひて、自分の名利を事とするなり。
故に孫子自ら大将を戒めて、此の言を発するなり。
惟だ民を是れ保つとは、大将は士卒の司命なり、士卒は民なり、士卒のために利不利を考へ、士卒を保護すべきなり。
保は是を守護し、たもちやすんずるなり。
主を利すとは、主君の為についに利あるべきことを思ふなり。
此の一句、大将の忠義、此の外に出でざるなり、此の如き大将を国の宝と云ふなり、と。
大全に曰く、
惟字、上文進みて名を求めずして、退きて罪を避けざるに根ざし来る。
時、戦ひに利ならば、君、我に戦はざれと命ずと雖も、必ず兵を進めて以て戦ふ。
時、戦はざるに利ならば、君、我に必ず戦へと命ずと雖も、我れ兵を退けて戦はず。
進退命に違ふは、己の為にするに非ざるなり、皆な民命を保ちて、利を主に帰する所以なり。
此れ忠義の士、世将の最も難き者なり、と。

語句解説

険阨(けんやく)
地勢が険しいこと。また、人々の気持ちがとげとげしいこと。
忽略(こつりゃく)
ないがしろにする。おろそかにする。
分寸(ぶんすん)
少々。ほんのわずかのこと。一分と一寸。
司命(しめい)
生殺の権力を握るもの。人の寿命をつかさどる神の名。
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