孫武
孫子-地形[1]
孫子曰く、
地形に
我れ以て往く可く、彼れ以て来たる可きを通と曰ふ。
通形なる者は、先づ高陽に居り、糧道を利して以て戦はば、則ち利あり。
以て往く可く、以て返り難きを
掛形なる者は、敵に備へ無くば出でて之に勝ち、敵に若し備へ有らば出でて勝たず、以て返り難し、利あらず。
我れ出でて利あらず、彼れ出でて利あらざるを
支形なる者は、敵、我を利すると雖も出づる無きなり、引きて之を去り、敵をして半ば出でしめて之を撃たば利あり。
険形なる者は、我れ先づ之に居らば、必ず高陽に居りて以て敵を待つ、若し敵、先に之に居らば、引きて之を去り、従ふ勿れ。
遠形なる者は、勢均しければ以て戦を挑み難し、戦ひて利あらず。
凡そ此の六者は、地の道なり、将の至任、察せざる可からざるなり。
現代語訳・抄訳
孫子が言った。
地形に六有り。
往くに易く、来たるにも易き地を通という。
往くに易く、返るに難き地を
敵味方いずれも出て戦うに利あらざる地を
支なる地には、敵が我に利をみせるとも往きて撃たず、速やかに去り、敵を半ば出だして撃てば利あり。
険なる地には、先に居れば必ず進退自由にして勢いを増すの地に陣取って敵を待ち、若し敵が先にそのような地に居れば速やかに去りて、誘いに乗らず。
遠なる地には、往くに疲弊するを以て勢い均しければ挑み難し、故に戦いて利あらず。
およそこの六者は、地の利に因りて兵を用いるの道、将たる者の最も務むべき所、よくよく知らねばならない。
- 出典・参考・引用
- 山鹿素行注・解「孫子諺義」137-140/183
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備考・解説
通は四方通じて平易なる地。
行軍篇における
一気に決するを得ざれば、敵に退路を断たれて死地になる恐れあり。
支は堅固要害にして狭く戦い難き地。
支なる地は堅固要害にして往くに利あらず、必ず敵を引き出して撃つべし。
半ば出して撃つは敵を必死にさせざる所以、出不出の両者の心一致せずして破るに易し。
兵を配して敵の来るを待てば、我れ万全にして敵疲弊す、以て破るに易し。
険は天険、要害。
守るに利あるの大なるもの、これを抜くこと難き故に、敵先に陣せば速やかに去るべし。
遠は戦うに道遠く隔てた地。
遠き故に往けば疲弊す、待つは万全、勢い同じなれば疲弊したる者の負けるは必然たり。
通鑑に云はく、
上篇、軍を処し敵を
篇中に地形を言ふ者は六、地形に因りて勢を制する者は亦た六、地形助くと雖も将の兵を用ふる能はずして敗を致す者は亦た六、皆な其の目を前に挙げ、復た自ら後に釈く、文章多く前に同じ。
九変行軍諸篇は詳説を待たず、熟読せば自ずから見ゆ、と。
王鳳洲曰く、
戦はんと欲せば先づ地形を審らかにし以て勝ちを立つ。
前に論ずる所の山水
李卓吾云はく、
前に将と為りて九変の利に通ぜざれば、則ち地形を知ると雖も、必ず地の利を得る能はざるを言ふ。
故に遂に行軍必ず先づ地形を察するを言ひて、四軍の利を
然れども特に
未だ詳らかに
故に分別して詳らかに之を
以て察せざる可からず、と。
山鹿素行曰く、
凡そ其の場平易なるときは、其の後ろ又た険遠あるべし。
彼これを伺ひて其の後を絶ち両道を取りきり、久しく相対するときは、我が兵糧道に苦しむこと多し。
この故に糧道を利すると云へり。
云ふ心は、平易にして四方相通ずるの地は、我が陣を高陽の地におき、要害を後ろにあて、山々峯々に陣城をかまへて、前後相通ずるがごとく約を定め、我が国のことをきき、戦場のことを我が国へ通じ、糧道を利して戦ふときは、危うきことあらざるなり、と。
山鹿素行曰く、
此の如きの地進みゆくときは、子細無きが如くにして、引き取るときに至りてささわり多くして引き取りかぬるものなり。
故に以て往く可く返るに難きなり。
此の地、常形なしと雖も、前広く後に山川険阻のせまれるある形なり、と。
山鹿素行曰く、
支は相ひ支えるの地を云ふ。
此の処は彼も我も出でて戦ふに不利、これを守り備ゆるには利あるの地なり。
此の地、険固の要害にして、所狭く戦ふべき場無きなり。
杜牧云ふ、支なる者は、我と敵人と、各々高険を守りて塁を対す、而して軍中平地に有り、狭くして且つ長し云々と。
山鹿素行曰く、
半ば出でて打つは、半途を打つなり。
其の出でる者、出終っては死地の兵たるべし、且つ兵の志一致なるべし。
半ばなるときは、出るもの出ざるもの、皆な其の気一定ならず、之を撃たば利あり、と。
旧註云ふ、
行列未だ定まらず、首尾接せず、之を破ること必せり、と。
李靖云ふ、
彼此利あらざるの地は、引きて
山鹿素行曰く、
狭きと云ふは、両山
此の如き地にては、我れ先づ其の地に居り、兵を是にみてて敵の来るを待つべし。
敵若し先に此の地をとりて、兵をみてをかば戦ふべからざるなり。
盈は谷々をとりかため、其の要地に兵を置き、陣城を構へて防ぐなり、と。
杜佑云ふ、
盈は満なり、兵陣を以て
山鹿素行曰く、
従は彼が致すに従って戦を為すの心なり。
彼或ひは兵法に通ぜずして地利を知らず、或ひは小勢にして之を
我れ又た其の要害をとり対の峯を奪ひて、彼に相ひ従ふて戦ふべきなり。
従字は彼に随ひて対するなり。
参考に云はく、呉子の謂ふ所の谷戦、是れ
山鹿素行曰く、
険は高陽険固の地なり。
天険は地形第一の利とする処なるが故に、我れ先取するときは利あり、彼れ先居するときは我れ引きて去るべきなり、と。
山鹿素行曰く、
遠形なる者は彼と我と相対するの間、其の道路遠く隔てて、行きて戦ふもの必ず長途の労あり。
行列
この故に彼と我と勢均しきときは行きて戦を為し難きなり、と。
大全に云ふ、
地の形と曰はずして、地の道と曰ふ者は、正に是れ孫子の人を叫び形に因りて各々其の道を尽すの意。
通形は糧道を利し、掛形は備へ無きに乗ずるを利し、支形は引きて半ば出だすを利し、