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孫武

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孫子-行軍[2]

凡そ軍は高きを好みてひくきをにくみ、陽を貴びて陰をいやしむ。
生を養ひ実に処すれば、軍に百疾無し、是れを必勝と謂ふ。
丘陵隄防は、必ず其の陽にりて、之を右背うはいにす、此れ兵の利、地の助けなり。
かみに雨ふりて水沫すいまつ至らば、わたらんと欲する者、其の定まるを待つなり。

現代語訳・抄訳

凡そ軍は勢を利するの地を好みて逆らうの地をにくみ、進退自由なる地を貴びて不自由なるをいやしむ。
糧道絶えず、士卒の心散逸せざるの地に陣すれば、軍に憂い無し、これを必勝という。
丘陵や堤防の類が在らば、必ず進退自由なる地に陣して之を右後方に配すべし。
これ兵の利にして、地の助けを得るの陣という。
上流に雨が降りて水泡至れば、渡らんと欲するとも、必ず定まるを待つこと肝要である。

出典・参考・引用
山鹿素行注・解「孫子諺義」126-127/183
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備考・解説

高きはその勢いを増すの地。
山鹿素行は「敵を見切るべきの処」と解しているが、前段に「生を視て高きに処す」とあるを思えば、敵を見切るべきの処は生である。
生は、前段の備考に「魏武李筌が注、皆な生を以て陽と為す」とあるように、陽をいう。
陽は生じ育す、故に生という。
軍は陽にして明朗快活を善しとし、将は陰にして謀を巡らし、隠微にして無形に為すを善しとす。
軍自体は明、故に敵より見える姿は明、その根本は陰、故に敵は察するを得ず。
陰を賤しむは陰より離れるに非ず、陰陽二つながら備えて初めて全きなるを想うべし。
なお、ここでの陰陽は地形を指していう。
陽は視野進退良好なる平易な地、陰は山林険阻の如き動くに易からざるの地。
高下に好悪をいい、陰陽に貴賤をいうの真意は山鹿素行曰く「貴賤は好悪よりかろし。其の時宜の兵用によって、用捨あるが故なり」と。
実に関しては山鹿素行曰く「其の地に居りて兵の虚すべからざる」と。
要は戦以外のことに士卒の心を奪われることの無い地をいう。
一は疾病疫病、二は淫佚、三は乱取、いずれも兵の心身体疲弊してその心専一ならず、規律乱れ、力を合わせて進むを得ず。
これ敗亡の兆しなり。
雨の文は表裏あり。
水の流れに逆らう勿れは表、兵に勢あり、敵の盛んにならんには定まり萎むを待つべしは裏。
虚実を致すこと肝要なり。

山鹿素行曰く、
高は高くして敵を見切るべきの処なり、下は卑下の地、彼に見切らるべきの処なり、と。
山鹿素行曰く、
陽を貴びて陰を賤しむとは、陽は陽明の地、四方さわりなく平易なるの地なり。
陰は陰晦いんかいの地、林木衆草のささわり多きを云ふ。
云ふ心は、広原平陸にして四方能く通じ、ささわりなき処を貴びて、山林険阻多所をば貴ばず。
或ひは云ふ、山に陣して平野を前にいたし、能く見切るを陽と云ふ、山を前にあてて衆草に向かふを陰と云ふと。
直解此れに従ふ。
然れども此の説、乃ち高下の好悪に同じ、故に之れ用ひず。
張預云ふ、東南の方を貴びて西北を貴ばずと。
是れ又た偏論なるが故に之れ用ひず。
全書に、高下陰陽倶に舎止の処を指して言ふと。
好悪と貴賤とは、其の心得かはれり。
好悪は善悪なり、貴賤は好悪よりかろし。
衆草ささわりあるの地も、其の時宜の兵用によって、用捨あるが故なり。
生を養ひて実に処るとは、生は三軍の疾出でず気欝せざるが如くならしむるを生を養ふと云ふ。
是れ乃ち水草にたより糧道を利し、薪芻しんずうの便あるなり。
実は沃土なり。
厚沃の地は、水草共に其の性宜しく士卒疾生ぜざるなり、是れ土地の実なり。
若し其の道理を以て云はば、其の地に居りて兵の虚すべからざるを云へり。
或ひは六害を除き、或ひは富貴の地を去り、或ひは在家民家を遠ざかる、皆な是れ実地なり。
若し六害の地に居るときは、我れ必ず害を受け、富貴の地に居るときは、士卒必ず淫し、在家民屋に近付かば士卒必ず散乱す。
是れ其の心を虚にするの地なり。
この故に実地に処して虚地におらざるなり、と。
孫子遺説に云はく、
或ひと問ふ、凡そ軍が高きを好みてひくきを悪むに、太公、凡そ三軍、山の高きに処らば、則ち敵の棲ます所と為ると曰ふ。
豈に高きを好むの義ならんかと。
曰く、武の高きは太公の高きに非ざるなり。
太公の論ずる所は天下の絶険なり、高山磐石、其の上は亭亭ていていとして草木有る無く、四面を敵に受く。
蓋し草木無ければ、則ち芻牧すうぼく樵採しょうさいの利に乏しく、四面を敵に受くれば、則ち出入運饋うんきの路を絶つ。
上る可くして下る可からず、死す可くして久しうす可からず。
此れまことに之を棲ますの害有るなり。
武の論ずる所は勢利の便をるなり。
隆高丘陵の地に処し、敵人をして来り闘はしめば、則ち隆に登り陵に向ひ丘に逆ふの害有りて、我れ高きに因りひくきに乗じ、かめを建し瓦を走らせ、石を転じ水を決するの勢を得。
加ふるに生を養ひ実に処して、先づ糧道を利するを以て、戦はば則ち勢に乗ずるの便有り。
守らば則ち実に処するの固き有り、居らば則ち生を養ひ食を足すの利有り、去らば即ち便道、生に向ふの路有り。
百萬の敵有りと雖も、いづくんぞ能く我を高きに棲まさんや、と。
山鹿素行曰く、
地は高きを好み陽を用ゆるが故に、山にたよって動くこと、行軍の本意なるが故に、是まで大数高陽丘陵、皆な山について之れ論ずるなり、と。
王鳳洲曰く、
兵の利、地の助を観れば、則ち漢の李将軍の行くに部曲無く、行陳するに善く水草に就きて頓舎し、其の覆亡せざるは幸に非ざるなり、と。

語句解説

薪芻(しんずう)
薪とまぐさ。まぐさとはわらや草を束ねた牛馬の飼料をいう。
亭亭(ていてい)
はるかに遠い様。高く遠いこと。また、樹木が高くまっすぐにそびえ立つ様。
芻牧(すうぼく)
家畜を養うこと。牛馬などを飼うこと。
饋糧(きりょう)
食糧をおくること。
瓴(れい)
かめ。敷き瓦。
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