孫武
孫子-九変[2]
是の故に智者の
利を雑へ、而して務め
是の故に諸侯を屈する者は害を以てし、諸侯を役する者は業を以てし、諸侯を
故に兵を用ふるの法、其の来たらざるを恃む無く、吾の以て之を待つ有るを恃み、其の攻めざるを恃む無く、吾の攻む可からざる所有るを恃むなり。
現代語訳・抄訳
この故に智者の慮るところ、必ず利害の表裏相応ずるを知りて偏すること無し。
必ず利を詳らかにして事を伸長し、必ず害を詳らかにして患いを去る。
この故に諸侯を制止するには之を害して防ぐを以てし、諸侯を疲弊させるには之を乱して惑わすを以てし、諸侯を妄動させるには之を利して誘うを以てす。
敵の来たらざるを恃まずして自らの万全なるを恃み、敵の攻めざるを恃まずして自らの磐石なるを恃む、これを兵を用いるの法という。
- 出典・参考・引用
- 山鹿素行注・解「孫子諺義」119-120/183
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備考・解説
業は活動する意がある。
兵を以て言えば辺境を侵すの類、謀を以て言えば流言飛語、反間の計の類。
いずれもその心志を労して安んずるを得ず。
兵を用ふるの法以下は、備考ラストに記した大全の言葉が最も善し。
曰く「来不来は敵に在り、以て待つ有り以て待つ無きは我に在り」と。
来たらざるは敵に有り、敵の来るに備えて万全を以て臨むは己に有り。
攻めざるは敵に有り、敵の攻めるに備えて磐石を以て臨むは己に有り。
万全なるが故に敵は来たらず、磐石なるが故に敵は攻める所を得ず。
山鹿素行曰く、
智者の物を謀るや一に
作戦篇に云ふ、尽く兵を用ふるの害を知らざれば、則ち尽く兵を用ふるの利を知る能はざるなりと。
雑字は兼略の意、凡そ利害は表裏にして、利あれば必ず害あり、害あれば利あり。
智者は利に害のある処、害に利のある処を知りて互ひに相ひ雑ふなり、と。
大全に云はく、
雑字は
利処に遇はば必ず兼ねて慮り利中の害に及ぶ、利を貪りて害を忘る勿れ。
害処に遇はば必ず兼ねて慮り害中の利に及ぶ、害を畏れて利を失ふ勿れ。
此れ見るの明にして思ふの遠き者に非ざれば能はず、故に此れを智者に帰す、と。
又た云はく、
天下の利害、
愚者は害を冒して以て利を求め、智者は利を見て害を思ふ、と。
山鹿素行曰く、
利を雑ふとは、能く其の利を尽すときは、事必ず成るなり。
此の段の二の雑字は
務は事務を指す、事務とは事のわざなり。
何事を謀るも其の利あるべきことを詳らかに尽くせば、其のわざととのふなり。
信は伸なり、のぶると云ふは事の自由なることをいへり、下文屈の字のうらなり。
害を雑ふとは、此には此の害あり、此の失ありと云ふことを、
害を雑へば則ち能く
廣註に云はく、
言ふは我れ利を敵人に取らんと欲せば、但だ之を取るの利を見る可からず。
先づ須らく敵人の我を害するの事を以て、
然る後に我が務むる所の利、乃ち信行す可し、と。
又た云はく、
我れ敵人の我を害するの患を解かんと欲せば、先ず我が能く敵に勝つの利を以て、之を
通鑑に云はく、
敵の利を取らんと欲せば、則ち当に敵人の亦た我を害するの事有るを慮るべし、只だ利を顧みて害を知らざる可からず、能く害を慮らば則ち務むる所の利、
害を雑ふる者は利なり。
或ひは我れ敵の害に遭ふ、之に委するに利を以てし、之をして得るを貪らしむ、我れ以て其の難を解くを得るなり。
或ひは彼れ吾の其の困害に遭ふの久しきを見れば、心志
百戦奇法に云はく、
凡そ敵と戦ふ、若し彼に勝ち我れ負く、未だ
須らく害中の利を思ひ、当に器械を励ぎ、士卒を激揚し、彼の
法に曰く、害に因りて患を解く可きなり、と。
山鹿素行曰く、
屈は屈服なり、彼れ我に屈服して従ふことは害を以てなり。
害とは彼がそこない痛み患ふることを為すをいへり。
役はつかわれ労するなり。
彼をつかいつからすことは業を以てなり。
業とは民の農を妨げ、民屋を放火し、乱取を致し、其の辺境をかすめて、諸侯安んずるを得ず、是れ業なり、と。
通鑑に云ふ、
此の若きの類、
山鹿素行曰く、
恃字は此の段の眼目なり。
凡そ物を恃むことあるときは必ず怠る、怠るときは敗亡す、この故に彼れ来たらず彼れ攻めずと存じて、それを恃みに致すときは我れ怠る、是れ必ず敗るるの道なり。
我に備へあるが故に彼れ攻むると云へども、利有る可からず、然れば彼れ我が実あるを恐れてついに来たらず攻めず、是れまことの恃むと云ふなり。
此の段、利害を雑へて慮るなり、此の句をよく
大全に曰く、
待つは則ち備ふるなり。
以て待つ有るは、是れ備防の名有るにあらず、必ず糧を
又た云はく、
来不来は敵に在り、以て待つ有り以て待つ無きは我に在り。
良将、其の人に在るを恃まずして、其の我に在るを恃む、故に此の如し、と。
語句解説
- 忽略(こつりゃく)
- ないがしろにする。おろそかにする。
- 倚伏(いふく)
- 相因って生起すること。禍は福に因って生じ、福は禍に因って生ず。
- 参雑(さんざつ)
- まじえる。参にはまじわる意がある。
- 驕易(きょうい)
- 驕慢。おごり高ぶって人をあなどること。易は軽く見下す意。
- 懈惰(かいだ)
- 懈怠。怠慢。おこたること。心がゆるんで物事をおろそかにすること。
- 畏怯(いきょう)
- おそれおじる。おそれておびえる。
- 懈怠(かいたい)
- なまける。くつろぐ。怠慢。
- 便佞(べんねい)
- 言葉巧みに人におもねるも、少しも誠意のないこと。
- 驕満(きょうまん)
- おごって分に過ぎること。みだりにおごってえらそうにすること。
- 徭役(ようえき)
- 労役。雑徭(ぞうよう)と歳役(さいえき)。
- 一般(いっぱん)
- 同じ。同様。
- 時時(じじ)
- つねに。
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