1. 孫武 >
  2. 孫子 >
  3. 九変 >
  4. 1
  5. 2
  6. 3

孫武

このエントリーをはてなブックマークに追加

孫子-九変[1]

孫子曰く、
凡そ兵を用ふるの法、将、君に命を受け、兵を合はせ衆をあつむ。
圮地ひちには舎する勿れ、衢地くちには交を合はし、絶地ぜっちには留まる無かれ、囲地いちには則ち謀り、死地には則ち戦ふ。
みちに由らざる所有り、軍に撃たざる所有り、城に攻めざる所有り、地に争はざる所有り、君命に受けざる所有り。
故に将、九変の利に通ずる者は、兵を用ふるを知り、将、九変の利に通ぜざる者は、地形を知ると雖も、地の利を得る能はず、兵を治めて九変の術を知らざれば、五利を知ると雖も、人の用を得る能はず。

現代語訳・抄訳

孫子が言った。
凡そ兵を用いるの法は、将の君命を受けるや、軍勢を統べ、輜重しちょうを備える。
山林険阻湿地帯にしておよそ行き難きの地には陣を張らず、四方通じて交わり易く天下の衆を得るに相応しき要地には友好を通じて相助け、四方通ぜずして糧道続かざるの地には長く留まらず、入るに狭く出るに遠くして進退に利の有らざる地には速やかに謀りて危難を遠ざけ、戦うこと速やかにせざれば亡ぶに至るの地には士卒の志を一にして戦を決す。
軍を押し進めるに由らざる所有り、敵軍を撃つに撃たざる所有り、敵城を攻めるに攻めざる所有り、地の利を争うに争わざる所有り。
故に将として軍を任されたる後は、君命も受けざる所有り。
将が九変の利に通ずれば、地の利に由りて動くべき所を知るが故に兵を用いるを知り、将が九変の利に通じざれば、地形を知るも活かすを得ざるが故に地の利を得ること能はず、兵を治めるとも九変の術を知らざれば、五利を知ると雖も、人の用を得ること無し。

出典・参考・引用
山鹿素行注・解「孫子諺義」115-119/183
関連タグ
孫子
孫武
古典
<<  前のページ  |   ランダム   |  次のページ  >>

備考・解説

圮地ひちから死地に関しては孫子九地篇に記されている。
囲地は「入るに狭く帰するに迂にして、彼れ寡にして以て我が衆を撃つべきもの」とあり、死地は「疾く戦えば存し、疾く戦わざれば亡ぶもの」とある。
囲地に関しては、寡兵である敵がその地に陣して衆である我が軍を迎え撃つに利ある地とする場合と、入れば袋のネズミになってしまう意とする場合の二通りが考えられるが、今回は後者を取った。
なお、上記九地篇の説明をみると前者の方が妥当かもしれない(その場合は、謀りて虚を生じさせる、といった意になろうか)。
九変は圮地ひちから死地までの五つと途軍城地の四つにおいての行動をいう。
舎するか舎さざるか、由るか由らざるか、これを決するは将にして君命も受けざる所有り。
九変の利に通ずる者は、兵を用いるべき所を知る、然れども知るのみにして用いるを得るか否かには及ばず。
故に兵を治めて九変の術を知らざれば、五利を知ると雖も、人の用を得る能はずという。
山鹿素行曰く「利は九変を用ふるの利あるを云ひ、術は九変を用ふるの用法を指すなり」と。
九変の利に通じて用を知り、九変の術を知りて用を得る、以て兵の進退失う無し。
五利に関しては明らかならず。
山鹿素行の示すところの諸説を参照すべし(備考ラスト)。

蘇老泉曰く、
九なる者は数の極、変なる者は兵の用、と。
王鳳洲曰く、
其の正を変じて其の用ふる所を得るに九有り、以て武子の兵、専ら奇を用ひて勝つを知る可し、と。
袁了凡曰く、
兵體萬変、何ぞ九に止まらんや。
九なる者は一に対して言ふ、必ずしも実に九事を指さず、と。
通鑑に云はく、
舎する無かれより争はざるに至るまで変なり、君命じ将受くるは禮なり、将、君の命を受くるは権なり、圮地ひちの上、軍を合はせ衆をあつむるは君命なり、舎する無き者は、将の変なり、城を攻め地を争ふに至りては君命なり、攻めざる所、争はざる所は、将の変なり、変なる者は、害を変じて利と為すなり。
此れより以下皆な利を変じて害と為し、害を変じて利と為すの術、と。
山鹿素行曰く、
大将既に君命を請けて其の押し行く処の道筋、彼が守る所、支える所、城、地等の相究まりて、軍を出だすに、君命を変じて用ゆる所ある、これを九変と云へるなり。
此の段皆な其の心得なり、と。
孫子遺説に云はく、
或ひと問ふ、九変の法、陳ずる所の五事は何ぞやと。
曰く、九変なる者は、九地の変なり。
散軽争交囲死、此れ九地の名なり。
其の志を一にし、之をして属せしめ、其の後に趨き、其の守りを謹み、其の結を固うし、其の食を継ぎ、其の塗を進め、其のけつを塞ぎ、活きざるを示す、此れ九地の変なり。
九にして五を言ふ者は、けて次を失ふなり。
下文に曰ふ、将の九変の利に通ずる者は兵を用ふるを知り、将の九変の利に通ぜざる者は地形を知ると雖も、地の利を得る能はずと。
是れ九変の九地を主とすること明らかなり。
故に特に九地篇に於いて曰ふ、九地の変、人情の理、察せざる可からざるなりと。
然らば既に九地有り、何ぞ九変の文を用ひんか。
武の論ずる所、将の九変の利に通ぜざるを曰ひ、又た、兵を治め九変の術を知らざるを曰ふ。
蓋し九地なる者は変の利を陳す、故に曰ふ、変を知らざれば、地の利を得ずと。
九変なる者は術の用を言ふ、故に曰ふ、術を知らざれば、人の用を得ずと。
是の故に六地に形有り、九地に名有り、九名に変有り、九変に術有り。
形を知りて名を知らざれば、事を冥々に決す。
名を知りて変を知らざれば、衆をりて浪に戦ふ。
変を知りて術を知らざれば、用に臨みて事屈す。
此れ六地九地九変、皆な地利を論じて篇を為し、異なる所以なり。
山鹿素行曰く、
地形は形なり、地利は地の用なり、と。
山鹿素行曰く、
利は九変を用ふるの利あるを云ひ、術は九変を用ふるの用法を指すなり、と。
山鹿素行曰く、
五利諸説多し。
直解及び武徳全書武経大全は塗に由らざる所有り以下君命も請けざる所有りの五を五利とす。
開宗には九変の内、無舎無留不由を一利とし、合交を二利とし、謀戦を三利とし、不撃を四利とし、不攻不争を五利とす。
講義には五危の利を知るを云ふといへり。
武経通鑑には、利を雑ふの以下五句を五利とす、魏武張預亦た之に同じ。
王晳注に五地の利なりと云へり、五地は絶囲死の五を云へり、前段地の利と云ふも、五地の利なりと註せり、王鳳洲もまた之に従ふ。
案ずるに鄭霊云はく、此の篇、錯文多し、此の五字当に地字に作るべしと。
此の説尤も明々、将、九変の利に通ぜずんば、地形を知ると雖も、地の利を得る能はざる、是れ利に通ずれば則ち地の利を得るなり。
兵を治めて九変の術を知らざれば、地利を知ると雖も、人の用を得る能はず。
兵を治むと曰ひ、知ると曰ひ、術と曰ふ、皆な是れ人の用なり。
地利を知ると雖も、人の用を得ざれば、兵を治むるの実に非ざるなり、と。

語句解説

圮地(ひち)
くずれた地。孫子には山林険阻沮沢など凡そ行き難き道、とある。
衢地(くち)
四通の地。衢はちまた、わかれみち、旁出するもの。孫子九地篇を勘案するに「要地」の意か。
絶地(ぜっち)
極めて遠い地。人里離れた土地。
輜重(しちょう)
武器や食糧などの軍用物資のこと。
<<  前のページ  |   ランダム   |  次のページ  >>


Page Top