1. 孫武 >
  2. 孫子 >
  3. 虚実 >
  4. 1
  5. 2
  6. 3
  7. 4
  8. 5
  9. 6
  10. 7

孫武

このエントリーをはてなブックマークに追加

孫子-虚実[7]

夫れ兵形は水にかたどる。
水の形は、高きを避けてひくきにおもむき、兵の形は、実を避けて虚を撃つ。
水は地に因りて流れを制し、兵は敵に因りて勝ちを制す。
故に兵に常勢無く、水に常形無し。
能く敵の変化に因りて勝ちを取る者、之を神と謂ふ。
故に五行に常勝無く、四時に常位無く、日に短長有り、月に死生有り。

現代語訳・抄訳

夫れ兵形は水にかたどる。
水の形は高きを避けて低きに赴くが自然であり、兵の形は実を避けて虚を撃つが自然である。
水は地によって流れを制し、兵は敵によって勝ちを制す。
故に兵に常勢無くして敵に従いて勢を生じ、水に常形無くして地に従いて形を生ず。
よく敵の変化によりて勝ちを取る、これを神という。
故に五行相剋そうこくして常勝無く、四時は巡りて常位無く、日は移りて長短生じ、月は没して死生有り。

出典・参考・引用
山鹿素行注・解「孫子諺義」100-102/183
関連タグ
孫子
孫武
古典
<<  前のページ  |   ランダム   |  次のページ  >>

備考・解説

水は常なる形無し。
深き谷に積水して形有り、満つるを以て之を決すれば、地形によりて流れを変じ、形を変じ、その勢いのままにすべてを侵す、兵もまた此の如し。
神は人智の及ばざるところなり。
無形によりて測る能はず、故に敵は為す術無し。
五行循環し、四時常に巡る。
日は季節によりて長短有り、月は夕に生じて朝に隠る。
天地の間は変わるべくして変わり、再び巡るの理有り。
兵に無形を以て要とするも、ここに通ずというべきか。

山鹿素行曰く、
象は形なくして、又た其のすがたあるを象と云へり。
水の形は一定ならず、水の性を詳しくするに、高きを避けて下に流るる、是れ水の自然の形なり。
物の性を詳らかに致して、其の性に随ひて其の用を尽くすを、まことの道とするなり。
周易師卦に、地中水有るの象とあるなり、此の段に兵形を水に象る、尤も故あり、と。
山鹿素行曰く、
実を避けて虚を撃たざれば、兵に全勝なし、故に兵の自然の形、此の如し。
水の高きをさけて下きに趨くと同意なり。
実を避けて虚を撃つと云ふは、彼が実なる所にあたらざるを云ふ。
虚実は、かわるがわる往来す、物常に実なることなく、又た虚なることあらず。
実なるものも又た虚なるとき出来る、是れ万物自然の道なり。
この故に、実なる所にかまわず、是を避けて其の虚なるをまちてうつなり。
実なるとき是を挑み是と争ふ時は、彼れことごとく実にして我れ必ず虚なり。
ここを以て実を避けて虚を撃つといへり。
凡そ水は元と無心にして高きを避くべきに心なしと雖も、其の性は潤下じゅんかして下きにつくを以て本とす。
この故に下きに流れやすく、其の迹をみるときは、高きを避けて下きに趨くが如し。
上兵も亦た此の如く、能く自らととのへ守りて彼に合ふときは、彼自然に虚出来て我に撃たるる所あり。
是れ必ず実を避くべきと求むるにあらざれども、其の迹は実を避けて虚を撃つが如きなり。
今それ水の集まる処に充満して、而る後に其の下処に流る、堤をつき川よけを致して、水を防ぐに、其の土石木柵の強き方には、常に満ちて、満ち溢るるとき川よけ堤の土石に必ず隙間出来る、而してそれより破れて水の道出来て流る。
兵もまた此の如し。
彼れ実なるときは、我そなえて是を避け、其の虚なる所出来る時、大に是を撃つなり。
実を避け虚を撃つと云ふ、是れ全く此の篇の結要なり、と。
山鹿素行曰く、
無形の極は敵によりて転化して勝ちを得るにあり、是れ不測の神兵なり。
神は神妙不測の至り、兵法の極なり。
易の神武義に通ずべし、と。
大全に云はく、
此の題の重きは敵に因る上に在り。
兵家の勝ちを取るや、是れ常事、如何ぞ神と謂はん。
正に此の勝ちを取るに易からざる処を見る。
敵人、変化百出して我れ能く之に因る、此の中、変変化化、更に敵人より神なる者の在る有り、故に神と曰ふ、と。
山鹿素行曰く、
天地の間、五行の理、四時の運行、日月の行道、皆な常なることあらず。
盛なるは衰、衰なるは又た盛になる。
故に虚実を知る者は、其の実を避けて虚を撃つ、是れ下篇の所謂、朝昼暮の気、鋭気を避け惰帰だきを撃つの云ひなり、と。
山鹿素行曰く、
凡そ軍形兵勢虚実の三篇は、孫子の戦法を論ずるの極なり。
中にも虚実一篇、其の論説する所、句々言々微妙の意有り、熟読すれば則ち味ますます深し。
文勢尤も奇にして聖人の易を論じて繋辞けいじ有るに似たり。
古今兵書、孫子を以て経と為す、豈に虚談ならんや、と。

語句解説

五行(ごぎょう)
水火木金土の五つ。天地の構成要素であり、順序もその生成の順番をあらわす。
相剋(そうこく)
五行説の相生の対で、木は土に、土は水に、水は火に、火は金に、金は木に剋(か)つことをいう。
潤下(じゅんか)
水のこと。また、物をうるおして低い方に下ること。
<<  前のページ  |   ランダム   |  次のページ  >>


Page Top