孫武
孫子-兵勢[5]
故に善く戦ふ者は、之を勢に求めて、之を人に責めず。
故に能く人を擇びて、勢に任ず。
勢に任ずる者、其の人を戦はしむるや、木石を転ずるが如し。
木石の性、安ければ則ち静に、危ければ則ち動き、方ならば則ち止まり、
故に善く人を戦はしむるの勢ひ、
現代語訳・抄訳
故に善く戦う者は、勝機を勢に求めて、その多寡に因らず。
故によく適材適所を為して、勢に任ず。
勢に任ずれば、人を勇躍して戦はしむること木石を転ずるが如し。
木石の本性は、平地なれば静となり、傾斜なれば動となり、角なれば止まり、円なれば行く。
故に善く人を戦はしむるを為すの勢い、険しき山に円石を転ずるが如き者は、勢である。
- 出典・参考・引用
- 山鹿素行注・解「孫子諺義」87-90/183
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備考・解説
孫子始計篇に曰く「勢は利に因りて権を制するなり」と。
権変は小手先に過ぎず、故に険山より転ずるが如き勢に当たらば、之に応ずる能はず。
故に勢よく権を制す。
然れども、険山に因らざればその勢及ばず。
故に「利に因りて」という。
孫子、五事七計を以て本と為す。
この本立つが故に険山有り深谷有り。
積水の深谷に満ちて形有り、これを決して形無し。
時を得てこれを決さば、その勢、円石の険山に転ずるが如し。
誰か能くこれを防ぐを得んや。
山鹿素行曰く、
勇怯皆な勢によるなり。
至て柔弱なる水なりと云ふとも、之を激して之を決すれば則ち大石を転ず。
然れば人衆の衆寡によって勝敗あるにあらず、勢によりて其の勝敗あるべし。
古の良将この故に勢を求めて兵士の衆力をせめざるなり。
之を人に責めずと云ふは、衆多の力を事とせざるの心なり、と。
山鹿素行曰く、
人を擇びて勢に任ずとは、大軍を事とし、衆力を恃むに非ず。
其の人を撰びて勢にまかするなり、と。
山鹿素行曰く、
水は激するが故に石漂ふの勢有り、水の流れ広しと雖も激すること非ざれば勢無し。
人亦た是れを擇びてよく強練せしむるときは勢ひ自ずから生ずるなり。
衆多なるを専ら勢ありと思ふべからざるなり、と。
大全に云はく、
孫子、人を叫び戦に臨むの時、須らく険に乗じ速やかに勝ち、勢を求むるの便は、精神気力、?(房に似た字)用す可らざるの意を要すべし。
上文に戦勢は奇正に過ぎざるの一語有るを観れば、則ち之を勢ひに求むるは、亦た之を奇正に求む。
勢なる者は、兵を排し陣を布くの勢、求むる者は、その勢の険、節の短を求むるなり。
然れども節短は勢険に出づ、故に善く戦はば必ず以て勢を求む。
惟だ先づ勢を得て、自然と
張預曰く、
人に任ずるの法、貪を使ひ愚を使ひ、智を使ひ勇を使ひ、各々自然の勢に任じ、人の能くせざる所を責めず、故に材の大小に随ひ、擇びて之に任ず、と。
尉繚子曰く、
其の長ずる所に因りて之を用ふ、と。
言ふは、三軍の中、歩に長ずる者有り、騎に長ずる者有り、能に因りて用ひば、則ち人其の材を尽す。
又た晋侯の能を類して之を用ふるも是なり。
講義に云はく、或ひと説くに、人を擇び勢を任ずるは、人の勢に因りて之を任ずるを謂ふ。
天子の戦を教ふるの法、長者の弓矢を持し、強者の
此れ李衛公各々
山鹿素行曰く、
凡そ物は皆な其の性有り、況や兵士をや。
故に良将は其の性を考へて其の用を尽す。
故に力入れずして功を全くす、と。
山鹿素行曰く、
此の如く兵士を使ふときは、力を屈せずして功を得ること大なることを論ぜり、と。
李卓吾云はく、
勢に任ずる者は、動く可くんば即ち動き、動く可からずんば即ち敢へて動かず。
動く可くんば即ち
敢へて動かざるは即ち山の安きが如く、木の静かなるが如く、方の止まるが如し。
夫れ是の如し。
故に其の勢の常に我に在るなり。
是の故に兵勢を著す、と。
又た云はく、
勢なる者は機なり。
機、動きて神、随ふ。
故に軍形を言ひ、便ち兵勢を言ふ、と。
李靖曰く、
兵に三勢有り。
将、敵を軽んじ、士、戦を楽しみ、志、青雲を
関山狭路、
敵の怠慢労役
故に兵を用ひ勢に任ずること、峻坂に丸きを走らすが如く、力を用ふること至微にして功を成すこと甚だ博きなり、と。
直解開宗合參云はく、
問ふ、孫子軍形篇に、積水を
一は形を以てし、一は勢を以てす、其の旨何如と。
答ふ、当に先づ形勢の二字を明白にす。
然れども形勢の二字は甚だ分別し難し。
若し字に従ひ義を演ぜば、則ち形は静を主とし、勢は動を主とす。
但だ静を以て動を體と為し、動を以て静を用と為す、故に一は深谿に喩へ、一は高山に喩ふ。
文を作るに動静形勢の四字を以て
必ずしも