孫武
孫子-謀攻[5]
故に勝を知るに五有り。
以て
衆寡の用を識る者は勝つ。
上下の欲を同じうする者は勝つ。
将は能にして君の御せざる者は勝つ。
此の五者は勝を知るの道なり。
故に曰く、
彼を知りて己を知らば、百戦して
現代語訳・抄訳
故に勝ちを知るに五有り。
戦うべき相手と戦うべからざる相手を知る者は勝つ。
兵の多少における用兵の要を識る者は勝つ。
上下その志を一にして当たる者は勝つ。
戒め備えて敵の備え無きを待つ者は勝つ。
将の資質全くして主君これに委任する者は勝つ。
この五者を勝を知るの道という。
故に古語にはこのように言っている。
彼を知りて己を知れば百戦して危うからず、彼を知らずして己を知らば勝敗分かれ、彼を知らず己を知らざれば戦うごとに必ず敗る、と。
- 出典・参考・引用
- 山鹿素行注・解「孫子諺義」62-64/183
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備考・解説
勝つは勝つべくして勝つことをいう。
戦うべからざる相手を避く、これもまた勝つなり。
これ用兵の要、孫子の「若かざれば則ち能く之を避く」という所以なり。
士気一統、将帥一体は軍の要、虞不虞の応変は用の要、五事を以て己を知り、七計を以て彼を知る。
彼を知りて己を知れば百戦して危うからず、勝負の帰趨は始計に尽くというべきか。
武経通鑑に云ふ、
知りて之に勝つの法なり、と。
大全に云ふ、
上に軍を乱し引いて勝たしむと言ふ、皆な知らざるに由るのみ、と。
山鹿素行曰く、
時に可否有り、地に険易有り、勢に変有り、この故に同じ敵に出合ひても勝負必ず一図になきものなり。
況や敵又た同じからず、是の故に合戦のみぎり上手にあらざれば、戦ふ所と戦はざる処なりと云ふこと知らざるものなる故に、是れを知るときは合戦のみぎり、戦法の上手なる故に、此の大将は勝を得ること多きなり。
此の一條は戦法を知るの将を論ずるなり、と。
大全に云はく、
此の題、知字最も重し、惟だ之を知るの真、之を用ふるの当は、司馬懿の孟達を上庸に討ち、公孫淵を遼東に征し、
皆な以て
山鹿素行曰く、
衆寡の用について兵法の品多し。
衆戦の法あり、寡戦の法あり、敵戦の法あることなり、と。
大全に云はく、
欲を同じうして上下と曰ふ、主師より以て士卒に
則ち人々戦はんと欲し、向ふ所
山鹿素行曰く、
虞は戒備なり。
いましめそなへて敵人の備へ無き戒め無きを窺ひ待ちて討つときは之れ勝つ可きなり。
又た云ふ、我れ能くそなへて事の不意におこたるを待つ、是れ不虞を待つなり、治にして乱に備へ、安うして危きに備ふの心なりと。
此の説亦た通ず、と。
山鹿素行曰く、
能は大将の材能五徳を指す。
云ふ心は、大将に材知ありて、而して軍旅の権を委任せしめ、主人よりこれを指引し給わず、賞罰法令皆な大将の心より出るときは、戦いの勝ち備わるなり。
是れ主将の和不和を考へて勝ちを知るなり、と。
山鹿素行曰く、
大軍の情、大将よく心を尽さざれば通ずるを得ず、情に通じざるときは下知及ばず、味方の知り難きこと此の如し、況や彼は謀を密し機を隠し、間人を防ぎ、往来を断つ、此の如きときは彼を窺い知ること尤も重し。
能く兵法に通達して其の用法を尽さざらんには知ると云ふこと得べからざるなり。
されば彼を知り己を知るの大将は容易に之を得る可からざるなり。
今案ずるに孫子始計に具に兵法を論ずるごとく、之を経するに五事を以てし、之を校するに七計を以てす、と云へる、是れ則ち彼を知り己を知るなり。
此の章の己を知るは五事にかかり、彼を知るは七計を以てにかかれり、此の如くみるときは兵法の日用たるなり、と。
大全に云はく、
彼己の二字、看的
単に己を知るは、内に能く勝を制するに過ぎず、彼を知るは、外に能く勢を
語句解説
- 虞(ぐ)
- 戒備、おそれる、神威をおそれる。はかる、おもんばかる。たのしむ、やすんずる。
- 司馬懿(しばい)
- 司馬懿。三国時代の魏の将軍。字は仲達。軍略に優れ、大将軍となって呉蜀との戦線を指揮。諸葛孔明との対峙は有名で、誘いにのらない司馬懿にさしもの孔明も為すすべも無かったという。
- 長駆(ちょうく)
- 遠く馬を走らせること。敵を遠くまで追っていくこと。一気に遠征すること。
- 徑(けい)
- みち、こみち。すみやか、ただちに。また、頸に通じ、首筋の意の場合もある。
- 諸葛亮(しょかつりょう)
- 諸葛亮。三国時代の蜀の丞相。字は孔明。劉備に三顧の礼によって迎えられ天下三分の計を達成するも五丈原に志半ばで病死。清廉にして公正、人々は畏れながらも敬慕し、その統治を懐かしんだという。
- 巾幗(きんかく)
- 婦人の頭巾。婦人が髪をつつむもの。
- 披靡(ひび)
- うちなびく。畏れてひれ伏す。草むらが風に吹かれてなびく様。
- 聯絡(れんらく)
- 連絡。互いに連なり続くこと。相互に通じ合うこと。
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