孫武
孫子-謀攻[4]
夫れ将なる者は、国の輔なり、輔、
故に君の軍に患ふる所の者は三。
軍の以て進む可からざるを知らずして、之に進めと謂ひ、軍の以て退く可からざるを知らずして、之に退けと謂ふ、是を
三軍の事を知らずして、三軍の政を同じうすれば、則ち軍士惑ふ。
三軍の権を知らずして、三軍の任を同じうすれば、則ち軍士疑ふ。
三軍既に惑ひ且つ疑はば、則ち諸侯の難至る、是を軍を乱して引いて勝たしむと謂ふ。
現代語訳・抄訳
将という者は、国家における柱石のようなものである。
将の資質全き者を任用すれば、国は必ず強くなり、資質に欠ける者を用いれば、国に必ず禍を致す。
故に主君の軍において患うべき所の者に三つある。
軍の進退に口出しして、進むべきでない時に進めと言い、退くべきでない時に退けと言う、これを
軍中の諸事万端を知らずして、軍政を司らんとすれば軍士は惑い、軍中の権変謀術を知らずして、軍権を握らんと欲すれば軍士は疑う。
軍中皆な疑惑に至れば、諸侯の謀略に乱され攻伐の難を引き込むことになる。
これを軍を乱して引いて勝たしむという。
- 出典・参考・引用
- 山鹿素行注・解「孫子諺義」60-62/183
<< 前のページ | ランダム | 次のページ >> | |
備考・解説
山鹿素行曰く、
輔は佐なり、主人の補佐たることなり。
周と云ふはあまねく備ふるなり。
将に智信仁勇厳五徳あり、主又た兵事軍旅のことを彼に任せ、心一ぱいに働かしむる、是れを周と云ふ。
隙とは或ひは五徳の内
此れ下の文勢を味るに周字は専ら将に任ずるの心あり、と。
武徳全書に云はく、
夫れ国の将有るは、車の輔有りて
武経通鑑に云はく、
輔は是れ車の
車、輔無ければ則ち挙げる能はず、と。
大全に云はく、
輔字正に是れ輔車相ひ
故に国の為に安攘の謀を
凡そ此れ皆な将の事、故に国の輔と曰ふ。
正に将は其の輔の才を尽さざる可からず、組は其の輔の任を重くせざる可からざるを見るなり、と。
又た云はく、
此の題は一の周字を重んず、将、謀上に在りて構ず、利を図らば必ず其の害を計り、得を思はば必ず其の失を慮り、一日にして計、百年に及び、目前にして防、将来に及ぶが如き、皆な是れなり、と。
又た云はく、
周は周備の周の如し、強は是れ強盛の強、国勢の強き、人主誰か見るを楽しまざらん。
将を任ずるにその人に非ざれば
又た云はく、
天文地利水火舟車等項の如き、極細極煩、一の周ならざる有らば、即ち一弱有り。
又た彼と此と
若し一念周ならざれば、即ち一念に従ひて敗を受く、這れ個の周字、下し得て極めて広く極めて細かなる所以、則ち国必ず強きは、周字の効験に過ぎず、と。
山鹿素行曰く、
軍旅は進退を以て要とす。
進退は事機の変に従ふ、然るを君内より是を命ぜらるるときは、大将の下知自由に叶はず、と。
山鹿素行曰く、
政事は軍中のわざなり。
下知法度賞罰、人衆の分合、諸色の用事は政事なり。
云ふ心は、文武もの異なれば、是に付ひてのわざ皆な同じからず、礼義法度よりはじめ、兵衆器械の作法にいたるまで、国の作法と軍の作法は異なるなり。
然るに君三軍の事を知らずして、三軍を下知せしめ給へば、大将の云ひ付ける処と同じからざること多きが故に、多く惑ふなり、と。
大全に云はく、
軍士迷惑従ふ所を知る莫きなり、と。
山鹿素行曰く、
権任は、機変謀術を云へり。
任は三軍をまかせおく処の任なり。
大将すでに三軍の司たる上は、諸事これに任せらるる故に、権謀を自ら行ふ、是れを権任と云ふ。
云ふ心は、軍の謀は時々に相ひ違ひあるものなり、然るを大将に任せずして、主君より下知あれば、軍士疑ふなり、と。
大全に云はく、
同じく三軍の任を
山鹿素行曰く、
一説に軍中事権を知らざるの人、同じく将帥の任に居り、或ひは監軍と為らば、則ち号令一ならず、人心疑惑すと、是れなり。
張預の説亦た然り、開宗之に従ふ。
直開に云ふ、漢唐多く中官を以て監軍と為す、其の患ひ正に此の如しと。
按ずるに中官は、天子禁中
疑と惑とは元一理ゆえに疑惑と云ひて、ともに三軍の志の一ならざるを云ふなり。
一説に云ふ、権は権謀の義に非ず、権威の権なりと。
此の説、任字と相ひ応ずるが如し。
然れども不知の二字安らかならず、故に旧説皆な権を以て奇権と為すなり、と。