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孫武

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孫子-作戦[1]

孫子曰く、
凡そ兵を用ふるの法、馳車ちしゃ革車かくしゃ千乗、帯甲たいこう十萬。
千里に饋糧きりょうせば、内外の費、賓客の用、膠漆こうしつの材、車甲の奉、日に千金を費やす、然る後に十萬の師を挙ぐ。
其れ戦を用ひて勝つや、久しければ則ち兵を鈍くし鋭を挫き、城を攻むれば則ち力屈す。
久しく師をさらさば、則ち国用こくよう足らず。
夫れ兵を鈍くし鋭を挫き、力を屈し貨をくさば、則ち諸侯其の弊に乗じて起る、智者有りと雖も、其の後を善くする能はず。
故に兵は拙速を聞く、未だ巧なるの久しきをざるなり。
夫れ兵久しくして国に利なる者は、未だ之れ有らざるなり。
故に尽く兵を用ふるの害を知らざる者は、則ち尽く兵を用ふるの利を知る能はざるなり。
善く兵を用ふる者は、役を再びしるさず、糧を三たび載せず。
用を国に取り、糧を敵に因る、故に軍食足る可きなり。

現代語訳・抄訳

孫子が言った。
およそ軍旅の作法は、兵士十万を用いるに戦車千台、輸送車千台を要す。
これを養うに物資兵糧を四方よりまわさば、国内国外の費用、使者間者の費用、補助物資の費用、兵車甲冑の費用など、一日に千金を費やす。
十万の軍を挙げんとするならば、この費えを十分に玩味して挙げねばならない。
開戦し、勝たんとして久しく長引くことになれば、兵具は損なわれ、士気は沈滞し、城を攻むれば力屈して落ちず。
対陣が長引いて軍隊を戦地に留めば、国内の財貨人手は不足して用を為せず。
このように兵具を損ない、士気は落ち込み、士卒の力は萎え、財貨が尽きれば、周辺諸国はその疲弊に乗じて兵を起こし、如何なる智者が在りとも、これを防ぎ国を全うするは適わず。
故に善く兵を用いる者は簡易にして速やかに決するを第一とし、いまだ用兵巧みにして久しきに及ぶ者は居ないのである。
戦が長引いて国家の利となることは、未だかつて無い。
故に用兵の害を知らざる者は、本当の利を知ることもできないというべきであろう。
善く兵を用いる者は、徴兵労役を二度することは無く、物資食糧を三度送ることもない。
軍用の器物は国内において作り、食糧は敵に因りて調達する所をあらかじめ定めて置くが故に、軍食が欠乏することはないのである。

出典・参考・引用
山鹿素行注・解「孫子諺義」38-43/183
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備考・解説

「千里に饋糧きりょうす」は千里の遠くに運ぶに非ず、近国より糧食を集めるをいう。
また曰く、
敵に因ると云ふは、敵の隠し置く糧を奪取乱妨するに非ず、先んじて敵国に間人を入れ、使者を遣わして所々に兵糧を集め置くことなり。
各所に糧米を集めしめてなお足らざる時は、止むを得ずして民屋を追補し乱取をいたし、間人を発して敵の糧米を奪うはかりごとを為すべし、と。
また、拙速に関しては諸説ある。
拙を下手、巧を上手と解して、「用兵に下手なるも速やかなるに利あり、上手なるも久しければ利無し」とする説。
拙を簡易、巧を繁多と解して、「用兵の要は簡易にして速攻を貴ぶ、手間をかけて久しきに及ばず」とする説。
また、拙と巧を対とせずに、拙は簡易、巧は用兵に巧みな者(上手)と解する説で、本項ではこの説を採る。
ただし、後二説も久しきに及べば利無きを含むは言うまでも非ず。

王鳳洲曰く、
戦はんと欲せば先づ費を算す、故に篇中しばしば久役の害を言ふ、と。
袁了凡曰く、
此の篇、先づ食を足すを言ひ、後に進みて戦ふを言ふ。
故に作戦を以て篇に名づく、と。
李卓吾曰く、
始計の後、便すなはち作戦を言ふ者は、言はば師を行らんと欲せば、須らく日費の広、饋糧きりょうの難を知り、必ず先づ士気を振作しんさくし、速やかに勝ちを取るを図るべし。
宜しく持久すべからざるなり、と。
大全に云はく、
国家に最も財を費やす事は、兵よりゆるは莫し。
一日難に勝たざれば、已に一日の費あり、個の日費の二字を説く所以は、全く是れ兵を用ふる者の警醒けいせいを要すの意思なり、と。
衛公云ふ、
兵は機事、速を以て神と為す、と。
直解に云ふ、
故に兵は拙を以て速勝の功を成す有るを聞く、未だかつて兵を用ふるに巧なる者の、反りて之を久しきに失ひしを見ざるなり、と。
大全に云はく、
兵は拙にして速勝の巧を成すを貴ぶ、拙と雖も亦た巧。
未だ兵に巧にして反りて久しきを見ざるなり、巧と雖も亦た拙、と。
又た云ふ、
速なれば則ち拙ならず、拙なれば便すなはち速ならず、拙と云ふ者は、汝じ我の拙を説く、我れすでに速なりと。
久しければ則ち巧ならず、巧なれば便すなはち久しからず、久と云ふ者は、汝じ汝の巧を説く、汝じすでに久しと。
拙巧の二字は全く呑吐どんと軽快に在り、然らざれば直に恁く説き去る、何ぞ拙字を速字上に放在し、巧字を久字上に放在せるに取らん、と。
又た云ふ、
本文に兵は拙速を聞く、未だ巧なるの久しきをざるなりと云ふ。
正に是の言は、速は拙と雖も亦た可、若し久しければ巧と雖も不可なり、と。

語句解説

馳車(ちしゃ)
早い車。攻撃用のすばやい車。戦車。軽車。
駟(し)
ばしゃ。四頭立ての馬車。馬四匹。三馬の場合は驂(さん)という。
革車(かくしゃ)
革で表面をおおって丈夫にした車。糧食などを運ぶ荷駄車。重車。革輅(かくらく)。
帯甲(たいこう)
よろいをきた兵士。
饋糧(きりょう)
食糧をおくること。
膠漆(こうしつ)
膠(にかわ)と漆(うるし)。どちらも強い接着力があり物を接着するのに用いられる。
振作(しんさく)
ふるいおこす。振興すること。
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