王粛
孔子家語-巻第二[致思][1]
孔子、北の農山に遊ぶ。
孔子
吾れ将に擇ばん、と。
子路進みて曰く、
由、願はくば
二子者をして我に従はせん、と。
夫子曰く、
勇なるかな、と。
子貢、
相接
唯だ賜のみ之を能くす。
二子者をして我に従はせん、と。
夫子曰く、
顔回退きて對へず。
孔子曰く、
回来たれ。
汝なんぞ獨り願う無きや、と。
顔回對へて曰く、
文武の事、則ち二子者既に之を言へり。
回、何をか云うや、と。
孔子曰く、
然りと雖もおのおの汝の志を言ふなり。
小子之を言へ、と。
對へて曰く、
回聞く、薫蕕は器を同じくして蔵せず、
其の類の異なるを以てなり。
回、願はくば明王聖主を得、之を
夫子
美なるかな徳や、と。
子路、手を
夫子何をか選ばん、と。
孔子曰く、
財を
現代語訳・抄訳
孔子が子路、子貢、顔淵と共に北にある農山に往き、四方を眺めて嘆じて云った。
ここでその心を思索すれば何か得るところがあるであろう。
私が判断するから、各々、自らの志を述べてみよ、と。
子路が進み出て云う。
私の願いは月の如き白く輝く羽と太陽の如く赤く輝く羽を旗とし、鐘鼓の音が天に震い、旌旗が入り乱れて地に満ち、我が一隊でもって敵に当り、必ずや千里の外に払いのけ、旗を抜き敵をなぎ倒すことです。
これを成すのは私のほかおりません。
子貢と顔淵は私に従わせましょう、と。
これを聞いた孔子は云う。
なんとも勇ましいことである、と。
次に子貢が進み出て云う。
私の願いは斉・楚をして広き野に合戦し、両者が対峙してついに戦闘が始まらんとするその時に、稿衣白冠をつけて両者を説き、利害を推論して国の患いを取り除くことです。
これを成すのは私のほかにはおりません。
子路と顔淵は私に従わせましょう、と。
これを聞いた孔子は云う。
なんとも雄弁なことである、と。
残るは顔回のみとなったが、顔回は退いたままで何も発しない。
それをみた孔子が問う。
回来なさい、なぜお前は何も言わないのだ、と。
顔回が答えて云う。
文武に関して両者が既に言っております。
私に何を願うことがあるでしょうか、と。
孔子は云う。
そうだとしてもそれぞれが自らの志を言うのである。
お前も言ってみなさい、と。
すると顔回が答えて云う。
私はこう聞いております。
良香と悪臭は同じにしまっておくことはできません、明主である堯と暴君である桀は国を共に治めることはありません。
これは其の類が異なるからです。
私の願いは明主聖王を得てこれを補弼し、五教を順布し、礼楽によって導き、民を使うに城郭や溝、池の工事はさせず、剣戟を溶かして農器とし、牛馬は放牧して二度と戦争に用いず、民に離曠の悲しみを与えることなく、千年の後にまで戦いの患いを無くしてしまいたいものです。
さすれば、子路の勇も子貢の弁も用いる必要がないのです、と。
これを聞いた孔子は凛然として云う。
なんとも云い難い美なる徳よ、と。
子路が問う。
夫子、誰の志を択ばれますか、と。
孔子が云う。
国の財政を損なうことなく、民の生活を害することなく、余計な言葉を用いることもない、さすれば顔回にはこれが有る、と。
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語句解説
- 子路(しろ)
- 子路。春秋時代の魯の学者。仲由。孔門十哲の一人。政事にも優れ直情にして勇あり。魯や衛に仕えたが最期は衛に乱が起り非業の死を遂げた。
- 子貢(しこう)
- 子貢。春秋時代の衛の学者。端木賜、字は子貢。孔門十哲の一人。利殖に長け弁舌に優れる。孔子には「往を告げて来を知る者なり」と評された。
- 顔回(がんかい)
- 顔回。春秋時代の魯の人。字は子淵で顔淵とも呼ばれる。貧にして道を楽しみ孔子に最も愛された。三十二歳で早世し、後に亜聖と尊称。
- 四望(しぼう)
- 四方を眺めること。
- 喟然(きぜん)
- ため息をつく様子。
- 二三子(にさんし)
- 目上の人や先生が数人に対して呼びかける言葉。お前たちの意。
- 旌旗(せいき)
- 旗印のこと。色鮮やかな旗。
- 繽紛(ひんぷん)
- 多いさま。物事が入り乱れている様子。
- 攘(じょう)
- 排斥する。払い除ける。
- 馘(きゃく)
- 敵を殺した証拠として、敵の左耳を切り取る。転じて、首を切ること。
- 漭瀁(もうよう)
- 広大なさま。
- 壘(るい)
- 塁。とりで。
- 塵埃(じんあい)
- ちりとほこり。俗世間。
- 稿衣白冠(こういはくかん)
- 白の衣と冠。凶事の装束。
- 陳説(ちんせつ)
- 陳述。述べつらねること。
- 堯(ぎょう)
- 堯。尭。古代の伝説的な王。徳によって世を治め、人々はその恩恵を知らぬまに享受したという。舜と共に聖王の代表。
- 桀(けつ)
- 桀。夏の十七代目の王。暴君の代表。殷の湯王によって滅ぼされた。
- 五教(ごきょう)
- 人が守るべき五つの教え。親、義、別、序、信または義、慈、友、恭、孝。
- 溝池(こうち)
- みぞと池。城のほとり。
- 室家(しっか)
- 夫婦。夫婦によって構成されている家庭。また、家室と同意で住まいの意に用いる場合もある。
- 離曠(りこう)
- 別れ別れになって何の便りもないこと。
- 凛然(りんぜん)
- 身を引き締めた様子。りりしく勇ましい様。
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