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朱熹

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近思録-存養[10]

呂与叔りょよしゅく、嘗て言ふ、
思慮多くして、駆除すること能はざるをうれふ、と。
曰く、
此れ当に破屋はおくの中にあだふせぐが如し。
東面とうめん一人来たりて未だ逐ひ得ざるに、西面せいめん又た一人至る、左右前後、駆逐するにいとまあらず。
蓋し其の四面空疎なれば、盗、もとより入り易し。
しゅり得て定むるによし無く、又た虚器きょきを水に入るが如し。
水、自然に入る、若し一器を以て、之にみつるに水を以てし、之を水中に置かば、水何ぞ能く入り来たらん。
蓋し中に主有らば則ち実す、実せば則ち外患の入ること能はず、自然に事無し、と。

現代語訳・抄訳

呂与叔りょよしゅくが言った。
思慮を多くして努めるも、邪念の従い来たりて駆除しきれざるを憂えております、と。
程子が言った。
例えるならば、当に破れる家の中で盗賊を防ぐようなものである。
東から盗賊が一人来たりて未だ追い払うを得ざるに、西からもまた一人至り、左右前後に気を配らねばならず、故に駆逐するに暇無し。
つまりは四方いずれも空疎なれば、盗賊は始めから入り易く、中に主として安んじこれを守ること適わず、これは空の器を水の中に入れるに近い。
空の器を水に入れれば、水は自然と中に入ってしまう。
しかし、既に水で一杯の器を以て水の中に置けば、どうして水の入るところがあろうか。
つまりは中に主とする所を得て、それで満たせば良いのである。
満たせば外患の入る隙間は無く、故に思慮すること無くして自然に定まるのである、と。

出典・参考・引用
久保天随著「漢文叢書第10冊」257-258/556,塚本哲三編「近思録・伝習録」91-92/478
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備考・解説

外物を相手にせず、ただひたすら己が良心を以てその身を満たし、誠敬存してこれを為す、天に達するの道なり。
故に注に曰く、
誠存すれば則ち邪自ずから閉づ、と。

語句解説

虚器(きょき)
空の器。名ばかりで役にたたない道具。無用の器。
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