沈徳潜
唐宋八家文読本-韓愈[潮州刺史謝上表][5]
伏して
四海の内、
南北東西、地は各々万里、
自ら其の地を
陛下、即位以来、
高祖
太宗にして太平、而して大功の立つ所、
陛下、
宜しく楽章を定めて、以て神明に告げ、東の
而して臣、罪を負ひ、
痛を懐き天を窮め、死するも目を閉じず、
伏して
現代語訳・抄訳
伏して慮るに、我が唐は天命を受けて天下を統一するに至り、全国に服せざるはなく、その版図は東西南北に各々万里あり。
然るに天宝年間に安禄山の乱が生じてより、政治はゆるみて怠慢となり、礼文は未だ優れず、武兵もまた剛強ならず、庶子・臣下に姦邪なる者が虫食いの如くに蔓延し、碁石の列するが如くに居坐り、毒をほしいままにして自らを守り、外面を繕い私欲に惑い、父が死すれば子に代わり、まるで祖から孫というが如くに代々受け継ぎ、古の諸侯の如く、自らその地をほしいままにして貢物も参内もせず、粛宗の御世より順宗の御世に至る六七十年ものあいだ伝え継ぎ、今、陛下の代にまで及ぶ。
陛下は即位以来、自ら親政を為して事を決し、国家の大勢を一新し、政事の軽重緩急を整え、鎮定すること雷の轟き風の疾駆するが如く、安んずること日月の清照するが如し。
故に天子の戈旗の向かう所、いずれも従わぬ者は在らず、天下の人民は安息し、その治道至る。
高祖の天下を定められた功は偉大なると雖も、その治世は必ずしも太平には至らず、また、太宗の御世には天下は太平となると雖も、その太平を得たる大功は高祖の御世に由る。
今、天宝の大乱の後より因循姑息の余弊に接して六七十年を経て、陛下の御世となり、
さればこそ、楽章を定めて天地神明に告げ、東の泰山に巡幸してこの大功を天に奏上し、つぶさに功勲を顕し、明らかに得意を示し、永劫、陛下の威徳を以て天下万民を服さしむるに千載一隅の得難き好機なり。
然るに今、私は罪を得て、禍にかかり、自ら遠き南海の島に拘留する身と為り、この好機に何も出来ざるを想い、日々、嘆き哀しみて死に迫るが如し。
かつて近習として仕え、宮中に勤めて居りし頃、足らざる文章を以て上奏し、これに思いを窮め精力を尽くして書き記すも、罪過をあがなうには至らず。
今、痛烈なる思いを懐きて天を窮め、死してなお目を閉じざるが如く、遥か都を仰ぎ慕い、我が霊魂は身を離れて陛下の側に至らんと願う。
伏して思うに、皇帝陛下は天地の父母なれば、哀れみてこれをいたまん。
さればこそ、私はその大恩に感じ、
ここに謹んで上表に付け加えて陳謝と為し、以て奏す。
- 出典・参考・引用
- 萩原裕述「唐宋八大家文読本講義」72-74/232
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備考・解説
「天寳」は天寳年間のことで、安禄山の乱があった。
「四聖伝へ
「罪を負ひ」は韓愈が論仏骨表を上奏して罪を被り、潮州に左遷させられたことをいう。
語句解説
- 臣妾(しんしょう)
- 召使い。人に服従する者。
- 文致(ぶんち)
- 文の趣き。文章のもっている味わい。
- 孼子(げっし)
- 孽子。庶子。
- 姦隷(かんれい)
- 悪臣。
- 聴断(ちょうだん)
- 聴決。事を聴いて裁くこと。
- 関機(かんき)
- 関所で調べあらためること。
- 闔開(こうかい)
- 開け閉め。闔は門を閉じる意。
- 大宇(たいう)
- 天下。大宇宙。
- 赫然(かくぜん)
- 光り輝く様。物事の勢いが盛んなさま。
- 南面(なんめん)
- 君主の位にあること。古代において中国では君主は南を向いて座したとされる。
- 巍巍(ぎぎ)
- 山の高大偉容なる様。
- 楽章(がくしょう)
- 音楽に合わせて歌う歌詞。
- 成烈(せいれつ)
- 功業を成す。
- 嘉会(かかい)
- めでたい集まりのこと。
- 戚戚(せきせき)
- 親しむこと。共感して感じ入る様。また、憂えること。
- 嗟嗟(ささ)
- ああ。感嘆する声をあらわす言葉。また、嘆きをあらわす言葉。
- 隷御(れいぎょ)
- 召使い。
- 宸極(しんきょく)
- 皇位。天子の位。天子の居る所。
- 瞻望(せんぼう)
- 遥かに仰ぎ見ること。尊敬して慕うこと。遠く望む意。
- 魂神(こんしん)
- 霊魂。
- 慙惶(ざんこう)
- 慚惶。はじおそれること。
- 懇迫(こんぱく)
- 懇切にする。
- 宮闕(きゅうけつ)
- 宮門。禁中。宮城。皇居。
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