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呂不韋

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呂氏春秋-孝行覧第二[本味][2]

有侁氏ゆうしんしの女子、桑を採り、嬰兒えいじ空桑くうそうの中に得、之を其の君に献ず。
其の君、烰人ふじんをして之を養ひ、其の然る所以を察せしむ、曰く、
其の母、伊水のほとりに居りてはらむ、夢に神有りて之に告げて曰く、うすの水より出でて東に走り、顧みることなかれと。
明日みょうにちうすの水を出だすを視、其のとなりに告げ、東走すること十里、其のゆうを顧みれば尽く水と為り、身は因りて化して空桑くうそうと為れり、と。
故に之をづけて伊尹いいんふ。
此れ伊尹いいん空桑くうそうより生まれし故なり。
長じて賢なり。
とう伊尹いいんを聞き、人をして之を有侁氏ゆうしんしに請はしむ。
有侁氏ゆうしんしかず。
伊尹いいんも亦た湯に帰せんと欲す。
湯、是に於いて請ふて婦を娶りて婚を為す。
有侁氏ゆうしんし喜び、伊尹いいんを以て女をおくらしむ。
故に賢主の有道の士を求むる、もちひざること無きなり。
有道の士の賢主を求むる、行はざること無きなり。
相ひ得て然る後に楽しむ。
謀らずして親しみ、約さずして信、相ひ為に智をつくし力をつくし、危きを犯し苦しきを行ひ、志之を懽楽かんらくす。
此れ功名を大成する所以なり。
かならどくならず。
士、孤して自ずから恃む有り、人主、奮ひて独を好む者有らば、則ち名號めいごう必ず廢熄はいそくし、社稷しゃしょく必ず危殆きたいなり。
故に黄帝こうてい、四面を立て、ぎょうしゅん伯陽はくよう續耳ぞくじを得て然る後に成る。
凡そ賢人の徳は、以て之を知るに有ればなり。

現代語訳・抄訳

昔、有侁氏ゆうしんしの女で桑を採る生業の者が居り、嬰児を空桑くうそうの中に得て、これを主君に献上した。
その君は料理人にこれを養わせ、その空桑くうそうの中に生まれたる所以を省察させて曰く、
その母は伊水のほとりに居りてこれを孕んだ。
夢に神が現れて言うに、地より水が生じたならば、東に走りて顧みることなかれと。
次の日、大水が発生するのを視て、隣家に知らせ、東に十里ほど走った。
そうして村の方を見てみれば、尽く水の中に埋没していた。
故にその母は化して空桑くうそうと為ったのである、と。
そこでその子供は伊尹と名付けられた。
これが伊尹の空桑くうそうより生れし故事である。
伊尹は長じて賢であった。
湯王はその賢なるを聞き、人を遣わして有侁氏ゆうしんしに伊尹を登用せんと請うたが、有侁氏ゆうしんしは許さなかった。
伊尹もまた湯王に仕えたいと願った。
そこで湯王は、有侁氏ゆうしんしの女を娶って妻とした。
有侁氏ゆうしんしは喜び、伊尹をその供として遣わした。
このように、賢主が有道の士を求むれば、必ずその出来うる限りを尽くすのである。
また、有道の士が賢主を求むれば、必ずその元に行かんとするのである。
賢主と有道の士は互いに得て、然る後に楽しむを得る。
自然にして親しみ、約束せずして信じ、互いにその智を尽くし力を尽くし、共に危難に向かい労苦を務め、志はこれを心底喜ぶのである。
これ功名を大成する所以である。
功名を大成するは、必ず独りにして成るものではない。
士なれば自ら任じて孤高に生きることは有るが、人主なれば奮って独りを好むばかりであれば、その名声は必ず失墜し、国家安泰を得ることは適わない。
故に黄帝は四方に賢人を求めて以てこれを補佐とし、堯や舜は伯陽はくよう續耳ぞくじといった賢人を得てはじめて成ったのである。
このように賢人の徳というものは、賢を賢として知り、これを得て以て能く用いるに有るのである。

出典・参考・引用
塚本哲三編「呂氏春秋」172/404,国民文庫刊行会「国訳漢文大成」経子史部・第20巻125-126/411
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備考・解説

説文に曰く、古は地を掘りて臼と為す、と。
この場合の臼は地面に生じた穴のようなものであろうか。

語句解説

空桑(くうそう)
地名。伊尹の生まれた地とされる。
烰人(ふじん)
庖人。料理人。
伊尹(いいん)
伊尹。殷の名相で阿衡と称される。湯王を補佐して桀を討伐。殷の礎を築く。
湯王(とうおう)
湯王。天乙。成湯。殷王朝の始祖。賢臣伊尹を擁して夏の桀を倒した。後世に聖王として称賛される。
懽楽(かんらく)
よろこび楽しむこと。
名号(めいごう)
名声、善い評判。称号。名目。誉れ。
廃熄(はいそく)
廃り消える意。熄はやむ、きえる。
社稷(しゃしょく)
土地の神と五穀の神のことで国の重要な祭祀のこと。また、国家の意にも用いる。
危殆(きたい)
危ういこと。非常に危ないこと。
黄帝(こうてい)
黄帝。軒轅(けんえん)。伝説上の帝王で理想の君主として尊ばれる。文学、農業、医学などの諸文化を創造したとされる。
堯(ぎょう)
堯。尭。古代の伝説的な王。徳によって世を治め、人々はその恩恵を知らぬまに享受したという。舜と共に聖王の代表。
舜(しゅん)
舜。虞舜。伝説上の聖王。その孝敬より推挙され、やがて尭に帝位を禅譲されて世を治めた。後に帝位を禹に禅譲。
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