范曄
後漢書-列傳[耿弇列傳][40]
関寵が
是より先に恭は軍吏の
羌、固く恭を迎へんことを請ふも、諸将、敢へて
城中、夜に兵馬の声を聞き、以て虜の来ると為し、大ひに驚く。
羌、乃ち遥かに呼びて曰く、
我れは范羌なり。
漢、軍を遣はして校尉を迎へしのみ、と。
城中、皆な万歳を
開門し、共に相ひ持して
明日、遂に相ひ随ひて倶に帰す。
虜兵之れを追ひ、且つ戦ひ且つ行す。
吏士、
中郎将鄭眾、恭
上疏して曰く、
山を
前後の醜虜を殺傷するに数千百計、
恭の節義、古今に未だ有らず。
宜しく顕爵を
恭の洛陽に至るに及び、
是に於いて拝して騎都尉と為り、恭が司馬の石修を以て洛陽の市の丞と為し、張封を雍営の司馬と為し、軍吏の范羌を共の丞と為し、余りの九人を皆な羽林に補す。
恭の母、先に卒す、還るに及びて、追ひて喪制を行ふ、詔有りて五官中郎将を使はし牛酒を
現代語訳・抄訳
関寵が既に没したことから、救援に来ていた王蒙等は兵を引いて都へと戻ることを欲した。
かねてから
范羌は帰途の旨を知り、王蒙等に従って共に砦から出て耿恭への援軍を請うたが、諸将が進むことはなく、范羌は兵二千人を分け与えられて山北より耿恭の救援に向かった。
范羌は途中に三メートル近い大雪に出会い、無事に到達できたのはほんの僅かであった。
援軍は夜に到着したので、城中の者達はその兵馬の声を聞いて匈奴が攻めてきたと勘違いして大いに驚いた。
その様子に范羌が呼びかけて云った。
我は范羌である。
漢が援軍を遣わして校尉の耿恭殿を迎えにきたのだ、と。
これを聞いた城中の者達は一斉に万歳を唱え、開門して互いに抱き合って涙を流しながら喜んだ。
日が明けて、耿恭等は脱出を試みた。
これに匈奴が気づいて追ってきたので、耿恭等は戦いながら進んだ。
耿恭の兵は飢えに苦しみ、疏勒から脱出を始めたころは二十六人居たのが、途中で死没する者が続出して三月に玉門関に着いた時にはわずか十三人であった。
脱出できた者達の姿も、衣服や靴は破れ、身体はやせ衰えていた。
その様子を見た中郎将の鄭眾は、耿恭とその部下達のために髪を洗い、身を清めさせ、衣服を整えて身につけさせた。
そして上疏して云った。
耿恭は孤軍奮闘して固く孤城を守り、長期間に渡って攻め来る匈奴数万の大軍を心力尽くして防いでおりました。
山に穴を掘りて井戸を作り、弩を煮でて食糧し、万死一生の望みすらもないような有様の中にあって、それでも前後に迫る匈奴に対して勇敢に戦い、殺傷すること数千、出来うる限りを尽くして遂にその忠勇を全くし、我が大漢の威光に恥じぬ働きであります。
この耿恭の如き節義は古今にも例がありません。
耿恭等の節義を讃えて恩爵を賜り、将師の励みとして士気を高めるべきでありましょう、と。
耿恭が洛陽に到着すると、鮑昱が上奏して云った。
耿恭の節義は前漢の蘇武すら凌ぐものであります。
宜しく爵位・恩賞を以てその功に報いるべきでありましょう、と。
これによって耿恭は騎都尉となり、耿恭の司馬であった石修は洛陽の市の副官となり、張封は雍営の司馬となり、軍吏であった范羌は共城県の副官となり、他の九人は皆な近衛隊に任じられた。
耿恭が帰還した時には、耿恭の母は既に亡くなっていたので、耿恭は追って喪に服した。
帝は詔を発して五官中郎将に牛酒を贈らせ、耿恭の喪を釈かせた。
- 出典・参考・引用
- 長澤規矩他「和刻本正史後漢書」(二)p556
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語句解説
- 敦煌(とんこう)
- 地名。東西交通の要所として栄えた西域四郡の最西端にあるオアシス都市。中国甘粛省北西部。
- 丈余(じょうよ)
- 一丈余り。約三メートル。
- 涕泣(ていきゅう)
- 涙を流して泣くこと。
- 疏勒(そろく)
- 地名。古代西域のオアシス国家である疏勒国の地。
- 衣屨(いく)
- 衣とくつのこと。
- 穿決(せんけつ)
- 穿は穴があくこと。決は切れること。
- 枯槁(ここう)
- やせ衰えること。また、草木が枯れること。
- 已下(いか)
- 以下。その下、これより下。
- 洗沐(せんもく)
- 髪を洗い、身を清めること。また、休暇日。昔、官吏には役所から自宅に帰って洗沐するために休暇があった。漢は五日、唐は十日ごとに一日。
- 単兵(たんぺい)
- 単軍。孤軍の意。
- 百計(ひゃっけい)
- あらゆる手段。考えられるすべての手段。
- 厲(れい)
- 良い意味として「はげます」といった意を持つ。
- 蘇武(そぶ)
- 蘇武。前漢の名臣。武帝の時に匈奴に使者として向かったところ、捕らえられて帰順を進められたが拒否、十九年間降らずに北海のほとりの無人の地で抑留され牧人として暮らした。後に昭帝の代となって漢と匈奴が和睦し帰国。
- 司馬(しば)
- 中国の官名で軍事を掌る。
- 丞(じょう)
- 助け役、副官。
- 共城県(きょうじょうけん)
- 今の衛州の共城県のこと。
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