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范曄

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後漢書-列傳[班梁列傳][2-3]

十六年、奉車都尉の竇固とうこ、匈奴に出撃す、を以て假司馬と為す、将兵を別ちて伊吾を撃ち、蒲類海に於いて戦ひ、多く首虜しゅりょを斬りて還る。
固、以為おもへらくのうなりと、つかはして従事郭恂かくじゅんともに西域に使はしむ。
超、鄯善ぜんぜんに到る、鄯善王広、超を奉して礼敬甚だそなはれり、後にこつあらた疏懈そかいなり。
超、其の官属に謂ひて曰く、
なんぞ広が礼意の薄きを覚えるや。
此れ必ず北虜の使の来たる有り、狐疑こぎし未だ従ふ所を知らざる故なり。
明者は未萌みぼうる、いわんすであきらかなるをや、と。
乃ち侍胡じこを召して之をして曰く、
匈奴の使の来たりて数日、今は安住なるや、と。
侍胡は惶恐こうきょうし、つぶさに其の状を服す。
超、乃ち侍胡を閉めて、ことごとく其の吏士三十六人を会し、ともに共に飲み、酒酣しゅかんにして、因りて之を激怒して曰く、
卿曹けいそう、我とともともに絶域に在りて、大功を立て、以て富貴を求めんことを欲す。
今、虜使りょしが到りてわづかに数日なり、而して王広は礼敬を即ち廃す。
し鄯善をして吾が属をおさめて匈奴に送らしむれば、骸骨がいこつ長く豺狼さいろうの為に食されん。
之を為すに奈何いかんせん、と。
官属皆な曰く、
今は危亡きぼうの地に在り、死生を司馬に従はん、と。
超曰く、
虎穴に入らずんば虎子を得ず。
まさに今の計、だ夜に因りて火を以て虜を攻むるに有り、彼をして我が多少を知らざらしめば、必ず大ひに震怖しんぷし、殄盡てんじんす可きなり。
此の虜を滅するは、則ち鄯善のたんを破り、功を成し事を立たん、と。
衆曰く、
当に従事と之をすべし、と。
超、怒りて曰く、
吉凶は今日に於いて決す。
従事は文俗の吏、此れを聞かば必ず恐れて謀泄ぼうせつせん、死になづくる所無きは、壮士に非ざるなり、と。
衆曰く、
善し、と。
初夜、遂に吏士をひきひ往きて虜の営にはしる。
天の大風に会し、超、令して十人に鼓を持たせて虜の舎の後にぞうし、約して曰く、
火の然るを見ば、皆な当に鼓を鳴らし大に呼べ、と。
余人はことごとく兵弩を持ちて門をはさみて伏せり。
超、乃ち風にしたがひて火をはなつ、前後に鼓がそうす。
虜の衆、驚乱きょうらんす、超、手から三人を格殺かくさつし、吏兵は其の使及び従士三十余級を斬り、余りの衆百許人はことごとく焼死す。
明日、乃ち還りて郭恂に告ぐ、恂、大ひに驚き、既にして色動く。
超、其の意を知り、手を挙げて曰く、
じょう、行かずと雖も、班超何の心ありて独り之をほしいままにせんや、と。
恂、乃ち悦ぶ。
超、是に於いて鄯善王広を召し、虜使の首を以て之を示す、一国震怖しんぷす。
超、さとし告げて撫慰ぶいし、遂に子をれて質と為す。
還りて竇固に奏す、固、大ひに喜び、ともに超が功効こうこうを上し、ならびに更に使を選びて西域に使ひせしむるを求む。
帝、超が節を壮とす、固に詔して曰く、
吏の班超が如き、何の故ぞらずして更に選ぶや。
今こそ超を以て軍の司馬と為し、令してさきの功を遂げよ、と。
超、復た使を受く、固、其の兵のますを欲す、超曰く、
願はくば本に従ふ所の三十余人をひきひば足りなん。
し不虞有らば、多くばますます累を為さん、と。

現代語訳・抄訳

永平十六年、明帝は奉車都尉の竇固を大将として匈奴征伐に乗り出し、班超は假司馬として参軍した。
竇固は将兵を別けて伊吾を攻め、班超は蒲類海の戦いにおいて多くの首級を挙げた。
この働きに竇固は班超の有能さを認め、郭恂を従事として一緒に西域への使者として向かわせた。
当初、鄯善へと到着した班超達に国王の広は盛大な歓待ぶりで接していたが、しばらくすると様子が違ってきた。
班超は部下に云った。
どうも我等に対する待遇が悪くなっているようである。
恐らく匈奴の使者が来たので、どちらに従うか決めかねて居るのであろう。
明者は事の生じる前に察するという、ましてやこのような状況であれば明らかである、と。
そして接待役を呼んで試して云った。
匈奴の使者が来て数日経つが、どうしているかね、と。
接待役は恐れ慄き、班超にありのままを述べた。
班超はすぐさま接待役を閉じ込めると、同行してきた部下三十六名を引き連れて酒宴を開いた。
そして酒宴もまっさかりとなった頃、班超は突然激怒して云った。
お前等は我と共に斯様な辺境の地に来た。
それは大功を立てて富貴を得んと欲したからであろう。
然るに今、匈奴よりの使者が来てほんの数日なるに、国王は我等を冷遇し始めている。
もし、国王が我等を捕らえて匈奴に送らんとすれば、我等は骸となって豺狼に喰われる運命となろう。
そうならぬ為にもどうすれば善いと思うか考えを述べよ、と。
部下達は口を揃えて云った。
今、我等は危地に居ります。
我等の死生は司馬たる班超殿に託しましょう、と。
班超が云った。
虎穴に入らずんば虎子を得ず。
我が計略はただ一つ、夜に紛れて火を以て匈奴を攻めることである。
我等の人数を悟られぬように攻めれば、匈奴は必ず恐れる、さればあとは全滅させるだけである。
匈奴を全滅させれば、国王は肝を冷やす、そうなれば我等は目的を遂げることが出来よう、と。
部下達が云った。
それでは従事の郭恂にも相談致しましょう、と。
これを聞いた班超は怒って云った。
事の吉凶は今日に決するかに掛かっている。
郭恂は文俗の官吏であって、この計画を聞けば必ず恐れて事が漏れるであろう。
死を恐れて躊躇するのは壮士とはいえないではないか、と。
この言葉に部下達は奮い立って云った。
善し、と。
夜となり、班超等は匈奴の宿営地に走った。
天が強風を発する中、班超は十人に太鼓を持たせて裏側に配置し、指示して云った。
火が燃えさかるのを見たら、一斉に太鼓を鳴らして大いに叫べ、と。
他の者達には兵弩を持たせ、門を挟み込む形で潜ませた。
班超が風に順って火を放つと、火は一気に燃え盛り、前後で太鼓の音が鳴り響いた。
匈奴の兵は驚乱した。
班超はあっというまに三人を撃ち殺し、部下達は使者とその従者三十数名斬りすて、その他の匈奴の兵は尽く焼け死んだ。
次の日になって宿営地に戻った班超は事の次第を郭恂に告げた。
郭恂は大いに驚き、行動を共にしなかったことに危機感を抱いた。
班超は郭恂の気持ちを察して云った。
共に事を行わずとて、我に何の心があって好き勝手に功を独り占めにするなどということがあろうか、と。
これを聞いた郭恂は悦んだ。
そこで班超は鄯善王の広を召して匈奴の使者の首を示した。
これには国中が震撼したが、班超が事の次第を説明して安心させたので、遂に王子が人質として漢へと送られることになった。
班超等は帰還して首尾を竇固に報告した。
竇固は大いに喜び、班超の功績を上奏し、そして再び西域に送る使者を選抜するように要請した。
帝は班超の働きぶりを壮なりと讃え、竇固に詔して云った。
班超の如き者が居るに、どうして他の者を選ぶ必要があろうか。
今こそ班超を以て軍の司馬とし、再び功業を遂げさせよ、と。
こうして班超は再び西域への使者の任を受けた。
竇固は同行の兵を多くしようとしたが、これに対して班超が云った。
願わくば前回連れて行った三十余人の者達を再び同行させて頂きたい。
もしも不慮の出来事が起こった時、多数であるほど累が生じるものなのです、と。

出典・参考・引用
長澤規矩他「和刻本正史後漢書」(二)p934
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語句解説

竇固(とうこ)
竇固。後漢の武将。光武帝の娘である涅陽公主の夫。辺境に手柄を立てたとされる。
班超(はんちょう)
班超。後漢の名将。「虎穴に入らずんば虎子を得ず」の言葉を発して多勢の匈奴を奇襲し勝利を得、西域にて諸国を服従。西域都護として勢力を保った。
假司馬(かしば)
司馬の次官。副部隊長のようなものだとされる。
首虜(しゅりょ)
とらえた敵のかしら。うちとった敵の首と捕虜。
鄯善(ぜんぜん)
西域に存在した国家の名称。もとは楼蘭であったが漢によって改称させられたとされる。
疏懈(そかい)
怠慢の意。
狐疑(こぎ)
疑い深く心が定まらないこと。
未萌(みぼう)
物事のきざしが未だに現れていない状態。草の芽がはえ出ていない状態。
惶恐(こうきょう)
皇恐。恐れ入ること。大いに恐れること。
酒酣(しゅかん)
酒宴のまっさかり。
卿曹(けいそう)
家来を呼ぶ言葉。曹は複数をあらわす。
骸骨(がいこつ)
むくろ。しかばね。また、「骸骨を乞う」の場合は辞職を願うことをいう。
豺狼(さいろう)
山犬と狼のこと。貪欲で残酷な人に喩える。
司馬(しば)
中国の官名で軍事を掌る。
震怖(しんぷ)
振怖。震慄。ふるえおそれること。
殄尽(てんじん)
殄盡。滅ぼし尽くすこと。
謀泄(ぼうせつ)
はかりごとが漏れること。
格殺(かくさつ)
手でうち殺すこと。
掾属(えんぞく)
属官。下級の役人。掾史。
撫慰(ぶい)
やすんじいたわること。慈しむこと。
功効(こうこう)
ききめ。手柄。功労。
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