范曄
後漢書-列傳[馬援列傳][1-2]
馬援、字は文淵、
其の先の
武帝の時、吏二千石を以て
曽祖父の通、功を以て重合侯に封ぜらる、兄の
援が三兄、
援、年十二にして孤たり、
嘗て斉詩を受けたり、意に章句を守る能はず、乃ち況を辞し、辺郡に就きて田牧せんと欲す。
況曰く、
汝は大才なり、当に晩成せん。
良工は人に示すに朴を以てせず、
況が卒するに会ひ、援、服を行ふこと
後に都の
転じて隴漢間に游す、常に賓客に謂ひて曰く、
丈夫の志を為すに、窮して当に
因りて処に田牧す、牛馬羊は数千頭、穀は数万
既にして歎じて曰く、
凡そ財産を
乃ち尽く散じて以て
現代語訳・抄訳
馬援は字を文淵といい、扶風の茂陵の人である。
その祖先に趙奢という人がおり、趙の将軍となって馬服君と号したので、子孫はそれを氏として馬氏となった。
馬氏は武帝のときに二千石を与えられて邯鄲から茂陵に遷された。
曽祖父の馬通は功を得て重合侯となったが、その兄の馬何羅と共に反逆を企てて連座し誅殺されたので、それから二世の間は世に顕れることはなかった。
馬援には馬況、馬余、馬員の三人の兄がおり、皆な才能があったので王莽に取り立てられてそれぞれ二千石の禄を得た。
馬援は十二歳で親を失くしたが、幼い頃から大志を抱いていたので、そのような馬援を兄達は大才ありと見ていた。
ある時、馬援は斉詩を学んだことがあったが、章句にこだわることに意がそぐわず、馬況の元を去って辺境の地において牧畜することを望んだ。
馬況は云った。
お前は大なる才を有す、必ずや晩成するであろう。
良工は人に示すに朴を以てせずして、かつその好む所に従って為し遂げるという。
お前もお前の志のままに大成させなさい、と。
しばらくして馬況は卒した。
馬援は一年の間、兄の喪に服して墓の近くから離れず、兄妻に対しては慎み深く接し、正装でなければその
馬援は後に都の監督官となった。
ある時、囚人を護送して裁判所にまで至ったが、囚人は重罪であったので、これを哀れんで解放し、馬援は北の地へと亡命した。
亡命した馬援はやがて恩赦を得たので、居留地で牧畜を始めた。
すると、これに多くの人々が付き従って遂には数百もの家が馬援に仕えるようになった。
馬援は隴漢の間を放浪し、常に人々に語って云った。
男子が志を為さんとするならば、窮すれば窮する程により一層堅固となり、老いれば老いる程により一層壮んとならねばならぬ、と。
馬援は各地に田牧し、やがて数千頭もの家畜と、数万石もの穀物を有するに至った。
莫大な財産を得た馬援は歎じて云った。
大体において財産を増やしたならば、人々に分け与えることこそが肝要である。
そうでなければ単なる守銭の虜ではないか、と。
そして得た財産を親族旧知に尽く分け与え、自身は粗末な衣服で満足していたという。
- 出典・参考・引用
- 長澤規矩他「和刻本正史後漢書」(二)p603
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語句解説
- 馬援(ばえん)
- 馬援。後漢の名将。辺境討伐に功あり。年老いて後も戦場に在ることを求め戦陣にて病没した。「老いてはますます壮んなるべし」などの言葉を残している。
- 趙奢(ちょうしゃ)
- 趙奢。中国戦国時代の武将。趙の将軍として秦に対抗し戦功を挙げる。廉頗、藺相如と共に国運を担った。
- 反し坐す(はんしざす)
- 馬通と馬何羅は江充と仲が良かったことから、巫蠱の乱の一連の経緯から江充の一族郎党が誅殺されたると自分達にも危害が及ぶことを懼れて反逆を企てるようになったとされる。
- 再世(さいせい)
- 二世の意。
- 王莽(おうもう)
- 王莽。前漢の末に事実上の簒奪によって帝位を奪い、新を建国。儒教の理想を強引に政治に当てはめて混乱、民衆の反乱が続発し建国わずか15年で滅亡。
- 孤(こ)
- ひとりぼっちである様。みなしご。また、王侯などの謙称にも用いられる。
- 朞年(きねん)
- 満一ヵ年。
- 寡婦(かふ)
- 夫を失った女のこと。やもめ。
- 督郵(とくゆう)
- 官名。郡の長官の補佐役で、所属の各県を巡視して監視する職。
- 司命(しめい)
- 生殺の権力を握るもの。人の寿命をつかさどる神の名。
- 大赦(たいしゃ)
- 恩赦の一つで、国家の慶事などに際して一定の範囲内の罪を取りやめたり軽くすること。
- 帰付(きふ)
- 懐いて付き従うこと。服従すること。
- 斛(ごく)
- 容量の単位で十斗の意。周代には19.4リットル。また、大型のますの総称。石の同義語。
- 殖貨(しょくか)
- 貨財を増やすこと。
- 施賑(ししん)
- 救済する。
- 昆弟(こんてい)
- 兄弟のこと。昆は兄の意。
- 羊裘皮袴(ようきゅうひこ)
- 羊の皮衣と皮の袴。
- 廬舎(ろしゃ)
- 墓のかたわらにつくる喪に服するための小屋。田野につくる仮小屋。休息するための建物。
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