荘子
荘子-外篇[刻意][1]
此れ山谷の士、世を
仁義忠信を語り、
此れ平世の士、
大功を語り、大名を立て、君臣を禮し、上下を正し、治を為すのみ。
此れ朝廷の士、尊主強国の人、功を致し
此れ江海の士、世を避けたる人、
此れ導引の士、形を養ふの人、
澹然無極にして
此れ天地の道、聖人の徳なり。
現代語訳・抄訳
その意を収めてその行を高尚にし、世から遊離して俗と異にし、立派な言葉を吐いて世の人々がそれを実践せぬを誹り、世に容れられぬを怨み、尊大ぶりて他を見下して居るのは、山谷に隠棲するの士、世に是非を論ずる人であり、いたずらに窮究してその身を正さんとする者の好むところである。
仁義忠信を語り、その身を謹んで退を好み、修身を旨とするは、世を治めんとするの士、世に師たるの人であり、議論に遊び居に安んじて講説せし学者の好むところである。
大なる功績を建てんと望み、大なる名声を得んと欲し、君臣の礼節を定めて上下の名分を正し、自国を安んじて治むるを第一とするは、朝廷の士、主君を尊びて国を強くするの人であり、功を致して他国を併呑せんとする者の好むところである。
山沢に隠棲し、閑静なる地に楽しみ、魚を釣りて世俗から逃れて閑居して無為を旨とするは、江海に楽しむの士、世俗を避けるの人であり、従容として隠遁せんとする者の好むところである。
体内に満ちし気の動静を図りて吐故納新し、長生不死を得んと身体を練りて長寿を旨とするは、気を内外に一とするの士、形體を養うの人であり、彭祖の如くに寿を期せんとする者の好むところである。
聖人たるは、意のままにして自然と道に沿い、仁義を意識せずして身は修まり、功名を生ぜずして善く治め、隠棲せずともその心は清明にして定まり、寿を願わずとも寿命は極まり、万事を忘れざるして有すも有せざるが如く、澹然無極なるが故に万物はここに帰するのである。
これ天地の道にして、聖人の徳なのである。
- 出典・参考・引用
- 久保天随著「荘子新釈」(中巻)113/215
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語句解説
- 刻意(こくい)
- 心をくだくこと。苦心。深く気を使うこと。
- 亢(こう)
- くび、のど。高きを窮めること
- 枯槁(ここう)
- やせ衰えること。また、草木が枯れること。
- 恭倹(きょうけん)
- 人に対しては恭しく、自分は慎み深くあること。
- 推譲(すいじょう)
- 人に功を譲って自分はへりくだること。
- 教誨(きょうかい)
- おしえさとすこと。
- 并兼(へいけん)
- 併呑。兼併。他国をあわせて自分の領土とすること。
- 藪沢(そうたく)
- 藪は大沢の意で、草木の生い茂る湿地帯。比喩として用いて「物の集まっている所」をいう場合もある。
- 間曠(かんこう)
- 態度などがゆったりしていて、ゆとりがある様。
- 間処(かんしょ)
- 閑処に通ず。ゆったりと静かに住むこと。静かで落ち着いている場所。
- 江海(こうかい)
- いなか、隠居の地。世の中、世間。また、大きな川と海の意で広いことや豊かなことに例える場合もある。
- 間暇(かんか)
- 閑暇に通ず。ひまなこと、静かに落ち着いている様。
- 吹吁(すいく)
- 吹吁。吹呴。息を強く吐くことと息をゆっくりと吐くこと。
- 熊経鳥申(のうけいちょうしん)
- 仙術で長生不死を得るために身体を練る方法。熊が前足で木によりかかり直立して呼吸し、鳥が首を伸ばして筋骨を和らげることから。
- 彭祖(ほうそ)
- 彭祖。太古の長寿者で堯の臣だったとされる。およそ800年生きたという伝説上の仙人。
- 道引(どういん)
- 古代の養生術、呼吸法。道家の修養法の一つで、霊気を体内にみちびき入れて気を伸び伸びさせる。
- 衆美(しゅうび)
- 衆善。多くの善人、また多くの善事のこと。
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