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後漢書-列傳[袁紹劉表列傳下][10]

九年三月、しょう審配しんぱいをしてぎょうの守とし、復たたんを平原に攻む。
配、書を譚に献じて曰く、
配聞く、良薬は口に苦くして病によろし、忠言は耳に逆ひて行くに便よろしと。
願ふ、将軍の心を緩にし怒りを抑へ、終に愚辞を省かんことを。
けだ春秋の義は、国君は社稷しゃしょくに死し、忠臣は君命に死す。
いやしく宗廟そうびょうの危きを図り、国家の剥乱はいらんせば、親疎に一なり。
是れ以て周公垂涕すいていして以て管蔡かんさいの獄にたおし、季友の歔欷きょきして叔牙の誅に行く、何ののりぞや。
義は重く人は軽し、事のすでに獲ざる故なり。
昔先公の将軍を廃黜はいちゅつして以て賢兄を続ぎ、我が将軍を立ちて以て嫡嗣ちゃくしと為す、上は祖霊に告げ、下は譜牒ふちょうに書す、海内遠近、誰か備聞びぶんせざるや。
何ぞはん、凶臣郭図の、妄りに蛇足をえがき、曲辞きょくじして諂媚し、懿親いしんを交乱せしを。
将軍に孝友の仁を忘るるに至らば、閼沈の跡あつちんのあとかさね、兵をはな鈔突しょうとつし、城をほふり吏を殺し、冤魂えんこん幽冥えんめいに痛み、創痍そうい草棘そうきょくこうむらん。
又た乃ちの鄴城を獲て、賞賜しょうし秦胡しんこに許し、其の財物婦女を、あらかじめ分数する有り。
又た云ふ、孤は老母有りと雖も、趣に身體完具せしめるのみと。
此の言を聞く者、心はいたなみだそそがざる莫し。
太夫人たいふじんをして憂哀憤隔ゆうあいふんかくせしめ、我州の君臣をして監寐かんび悲歎ひたんせしめ、誠に拱黙きょうもくし以て図の執事しつじするを聴く、則ちおそる、春秋の死命の節にたがひ、太夫人を不測の患におくり、先公の不世の業をそこなひしことを。
我が将軍して命を獲ず、以て館陶の役かんとうのえきに及ぶ。
伏しておもふ、将軍の至孝しこう蒸蒸じょうじょう岐嶷きぎょくに発し、友于ゆううの性、自然と生じ、之をあきらかにするに聡明を以て、之に行くに敏達を以て、古今の挙措きょそ興敗こうはい徴符ちょうふ栄財えいざい糞土ふんどに軽く、名高めいこう丘岳きゅうがくに貴きことを。
何をおもひて奄然えんぜん迷沈めいちん、賢哲の操を堕し、怨み積り肆忿しふんし、家を破るの禍を取らんか。
翹企きょうきしてけいき、讎敵しゅうてきを待望し、慈親じしんを虎狼の牙にまかせ、以て一朝の志をたくましうするは、たへがたからざらんや。
若し乃ち天の尊心をひらき、あらたりょへらば、則ち我が将軍は匍匐ほふくし将軍の股掌こしょうの上に悲号し、配等はいらも亦たみずかき體にし以て斧鑕ふしつの刑を聴くに当らん。
如し又たしゅんならざれば、禍まさに之に及ばん。
願はくば熟に吉凶をあきらかにし、以て環玦かんけつを賜はんことを、と。
たんれず。

現代語訳・抄訳

九年の三月、袁尚は審配を鄴の太守とし、再び袁譚を平原に攻めた。
審配は書を袁譚に献じて云った。
良薬は口に苦くして病に効き、忠言は耳に逆うも従うが善しと云います。
どうか、将軍におかれましては心を穏やかに怒りを抑えて私の言をお聞き頂きたい。
春秋の義を思うに、国に君たれば社稷に死し、忠臣たれば君命に死すものです。
斯様に国家の危機が迫り、国を奪われ乱されし現状において、親疎などは捨てて一となるべきです。
昔、周公旦が涙を流しながら管叔・蔡叔を処罰し、季友が悲しみを堪えながら叔牙を誅殺せしは何故でありましょうや。
それは義を守るは人命に重く、事は既にそうせねばならぬ様であったが為なのです。
先代は将軍を選ばずに賢兄を続ぎて我が主を後継ぎとし、これを祖霊に告げ、文書として残せしことは、天下万民、誰も知らぬ者は居りませぬ。
将軍が腹心となさる郭図は妄りに事を惑わせ、言葉を飾って媚諂し、我が主と将軍との仲を乱さんとしております。
もしも将軍が孝友の仁を閑却してしまえば、古の閼伯と実沈の如くに仲違いし、互いに兵を繰り出して城を潰し官吏を殺し、何も得られずして国は破れ、終には荒野に嘆くこととなりましょう。
郭図は鄴城を奪い取ろうとして、秦胡に賞賜することを許し、財物婦女をあらかじめ分け与える算段をしていたと聞いています。
また、孤は老母有りと雖も、趣に身體完具せしめるのみとまで云っております。
このような言を聞いて、心が痛み涙を流さぬ者は居りませぬ。
老母をして憂え哀憤し隔て、我が国の君臣をして寝食を忘れる程に悲歎させておるのにも関わらず、そのような人物の謀りしことを手をこまねいて聴くは、春秋の死命の節に違い、老母を不測の患に遺し、先代の不世の大業を損なってしまう所以であります。
我が主は私の言を聞き入れずに、館陶の役へと及んでしまいました。
願はくば将軍には、そのあるがままの孝心を発し、兄弟の親愛なる情を生じ、聡明を以て明かに、敏達を以て行き、古今の人々のあり方、そして興敗の行方を鑑み、栄達財貨の軽きを、名節の貴きを、よくよく考えて頂きたい。
何を思いて暗きに蔽われ、賢哲の操を堕し、怨みを積んでいがみ合い、自ら家を破る禍を招いているのでしょうか。
己の首を差し出すが如くに仇敵を待望し、慈親を虎狼の牙にまかせ、以て一朝の志を遂げんとするは何と耐え難きことでありましょうか。
今こそ天の尊心を啓きて郭図を処罰し疑いを除かば、必ずや我が主は将軍の元へと駆けつけて喜泣し、我等は自らの身を以て死罪を被ろうとも厭うものではありません。
もしも、このまま何もせねば禍は必ずや将軍の元に及ぶことでありましょう。
願はくば、事の道理を熟慮の上、ご決断して頂きたい、と。
だが、袁譚は審配の進言を納れることはなかった。

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語句解説

春秋(しゅんじゅう)
五経の一で歴史書。魯の史官が編纂したものに孔子が加筆修正を加えて成ったとされる。
社稷(しゃしょく)
土地の神と五穀の神のことで国の重要な祭祀のこと。また、国家の意にも用いる。
宗廟(そうびょう)
国家のこと。また、祖先をまつるみたまや。
剥乱(はいらん)
うばい乱すこと。
周公旦(しゅうこうたん)
周公旦。周の武王を補佐して殷討伐に寄与。武王死後には摂政となり国家の礎を築いた。
垂涕(すいてい)
涙を流すこと。
管蔡(かんさい)
管叔と蔡叔のこと。どちらも武王の弟で殷の子孫を建てて反乱を起こした。
歔欷(きょき)
すすりなくこと。悲しみ恐れるさま。
叔牙の誅(しゅくがのちゅう)
魯の荘公が危急の時、荘公は後継ぎについて弟の季友と叔牙に訪ねたが、二人の意見は異なった。季友は叔牙を呼び寄せて毒酒を勧めたという。
廃黜(はいちゅつ)
罷免、官位を取り上げて官職をやめさせること。
賢兄を続ぎ(けんけいをつぎ)
袁紹は袁尚を後継者とするために袁譚を兄袁基の後継者として青州に出向させた。
譜牒(ふちょう)
系図や記録。事実を系統だてて記録した文書。
備聞(びぶん)
詳しく聞くこと。
曲辞(きょくじ)
よこしまなことば。辞をかざること。
懿親(いしん)
親族間のうるわしき情愛。
閼沈の跡(あつちんのあと)
閼伯(あつぱく)と実沈(じつちん)が仲違いを憂えて堯は二人を商丘と大夏に遷し、それぞれ辰星と参星を祭祀させた。
鈔突(しょうとつ)
突撃すること。
冤魂(えんこん)
無実の罪になく亡霊。無実の罪で死んだ魂。
幽冥(えんめい)
あの世。くらくかすかな様。
創痍(そうい)
刀の切り傷、または戦乱などで国家や社会が受けた傷。
草棘(そうきょく)
荒野。中央から遠くはなれた、荒れ果てた土地のこと。
賞賜(しょうし)
功労に対して賞を与えること。
秦胡(しんこ)
混血兵といった意があるようだが不明。
太夫人(たいふじん)
老母、他人の母の敬称に用いる。または、後を継いで諸侯となった子が、その母を呼ぶ言葉。
監寐(かんび)
寝床に入ってもよく眠れないこと。
拱黙(きょうもく)
手をこまねき、黙すること。
執事(しつじ)
事を執り行う。
館陶の役(かんとうのえき)
袁譚が袁尚を破ったが、追撃時に伏兵によって袁譚は敗走して平原に逃れた。
蒸蒸(じょうじょう)
純一な様。親に孝行するさま。
岐嶷(きぎょく)
よく立ち上がる。幼いころから才知が人よりすぐれていること。嶷は「さとい」の意。
友于(ゆうう)
兄弟の友情。
挙措(きょそ)
動作、立ち居振る舞い。
徴符(ちょうふ)
前兆。
奄然(えんぜん)
おおわれて暗い様。尚、「ぴたりと符合する」といった善い意味も持つ。
肆忿(しふん)
腹立ちまぎれ。
翹企(きょうき)
熱望すること。足をつまだてて待ち望むことから。
匍匐(ほふく)
力を尽すことのたとえ。腹ばってでも駆けつけること。
悲号(ひごう)
悲しみ叫ぶ。号には「さけぶ」の意がある。
斧鑕(ふしつ)
斧質。斧と首切り台のこと。
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