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孔子

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詩経-大雅[文王之什][大明.1]

・詩序
大明は、文王の明徳有り、故に天は復た武王に命ずるなり。
・詩文
明明として下に在り、赫赫かくかくとして上に在り、天はまことに難きや、不易なるはれ王。
天位は殷に適き、四方にきょうぜざらしむ。
仲氏任ちゅうしじん、彼の殷商より、来たりて周に嫁す、ここけいひんたり。
乃ち王季とともに、れ徳を之れ行ふ。
大任に有身ゆうしんあり、此の文王を生む。
維れ此の文王、小心翼翼たり、あきらかに上帝につかへ、ここに多福をなつく。
の徳たがはず、以て方国を受く。

現代語訳・抄訳

・詩序
この大明の篇は、文王に明徳有りて天下を安んぜし故に、天はその子たる武王にも重ねて命じたるを詠う。
・詩文
徳は下に明かなりて人民は安んじ、上に顕われて天命を受く、天意の移ろい計り難きも、不易なるは王者たり
天子の位は殷に適くも、徳を失いて四方達せず、故に天命定まりなし。
摯の次女、姓は任、彼の殷商より来たりて周に嫁ぐ、ここに周の王妃たり。
王季と共に徳を修めて共に行なう。
大なる任、身篭りて文王を生む。
これかの文王、小心翼翼たり、徳は明かに天へと通じ、此処に多福を得ん。
その徳は正しく、以て四方を導く、遂には自然と集い諸国は周へと帰朝せし。

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語句解説

文王(ぶんおう)
文王。周の武王の父で西伯とも呼ばれる。仁政によって多くの諸侯が従い、天下の三分の二を治めたという。
武王(ぶおう)
武王。周王朝の始祖。太公望を擁して殷討伐を成し遂げた。
明明(めいめい)
きわめて明らかな様。
赫赫(かくかく)
かがやかしく盛んな様。あかあかと光輝く様。
挾(きょう)
達する。ゆきわたる。
摯(し)
国の名。殷の諸侯の封土。
仲氏任(ちゅうしじん)
仲氏任。仲は中女(次女)、任は名前。夫は王季(周王朝の始祖とされる文王の父で季歴)。
嬪(ひん)
天子のつま、神につかえる女。
有身(ゆうしん)
妊娠する、はらむ。
不易なるは王者たり(ふえきなるはおうじゃたり)
「不易」は易の三義の一。変化窮まり無き中にも一定の理が存することを示す。王者としての徳を有していれば、天意の移ろいの中でも変わらぬ存在として定まり続けることを示す。尚、一般的には「王者たるもまた易からず」とする場合が多いようであるが採らない。
徳を失いて(とくをうしないて)
文王の父である季歴(王季)と同時代の殷の武乙は無道、以後殷は衰えの一歩を辿る。尚、史記には24代目の祖甲の代から後は再び興ることなく衰える一方であった様を伝えている。
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