孟子
孟子-梁惠王上[7.2]
王曰く、
否なり。
吾れ何ぞ是れを快よからん。
将に以て吾が大いに欲する所を求めんとするなり、と。
曰く、
王の大いに欲する所、聞くことを得るは可か、と。
王笑ひて言わず。
曰く、
王の諸臣は皆な以て之を供するに足り、而して王の
曰く、
否なり、吾れ是れが為にあらず、と。
曰く、
然らば則ち王の大いに欲する所を知る可きのみ。
土地を
王曰く、
是の若く其れ甚だしきか、と。
曰く、
木に縁りて魚を求むるは、魚を得ずと雖も、後に災ひ無し。
曰く、
聞くを得るは可か、と。
曰く、
曰く、
楚人勝たん、と。
曰く、
然らば則ち小は
海内の地、方千里なる者は九、斉は集めて其の一有り。
一を以て八を服す、何を以て鄒の楚に敵するに異ならんや。
今、王の政を
其れ是の若くにして、孰れか能く之を
現代語訳・抄訳
孟子曰く、
ところで王は兵を発して戦争を起こし、士臣を危きに向かわせ、諸侯には怨みを得ることを行なっておりますが、これは心が快しとする故でありましょうか、と。
宣王曰く、
否である。
どうしてそのようなことを快しとするであろうか。
ただ、吾が欲するところを求めんがためなのである、と。
孟子曰く、
王の欲する所とは如何なるものか教えて頂けましょうか、と。
宣王は笑うのみで応えなかった。
孟子曰く、
美食の足らざるが為でしょうか、豪奢な衣類の足らざるが為でしょうか、或いは目に麗しき財物や美女を欲するが為でしょうか、良き音楽を聴き足りぬ為でしょうか、お気に入りの近習が御用に沿いきれぬ為でありましょうか。
されども、私が見るに王の諸臣にこれらを供えるに不足はありません。
然るに、王はこれらを欲するが故に戦争を起こすのでしょうか、と。
宣王曰く、
否である。
吾はそのようなものを欲して戦争をするのではない、と。
孟子曰く、
されば王の欲する所は自ずと明白です。
国を広め、秦楚を帰朝させ、中国を制して覇を唱え、四方の夷狄を従がえんことを欲するのでありましょう。
されど、かくの如くに兵を動かして諸侯の怨みを得て、それで天下を統べんと欲するは、言うなれば木に縁りて魚を求むが如きことにて、得ることは出来ますまい、と。
宣王曰く、
それほどまでに得難きことであろうか、と。
孟子曰く、
それ以上に得難しと言うべきでありましょう。
木に縁りて魚を求むるだけならば、もしも魚を得ること叶わずとも、得ざるだけで災いが残ることはありません。
しかし、兵を動かして天下を得んと欲する場合には、心力を尽して事を行なった後に、何も得られぬばかりでなく災いが残るのです、と。
宣王曰く、
それはどういうわけであろうか、と。
孟子曰く、
鄒と楚が戦えば、王はどちらが勝つを思われましょうか、と。
宣王曰く、
当然、楚が勝つであろう、と。
孟子曰く、
されば、小国は大国に敵せず、寡兵は衆なるに敵せず、弱者は強者に敵せぬは天下の道理にございます。
海内の地に於いて、千里四方の大国は九、斉の国はその一であります。
一を以て八の大国を服する、是れ、鄒の楚に敵すると、何の違いがありましょうか。
王よ、王道の根本へと反るのです。
今、王が王道政治を行いて仁を施し、その治を天下に示せば、天下に志ある者は必ずや王の元へと馳せ参じ、農民は皆、王の領内で耕すことを欲し、商人は皆、王の市にて諸物を収め、旅人は王の領土を通行せんとし、主君の暴虐に心痛めし者は、王の許へと赴いて救いを望むことでしょう。
かくの如くなれば、誰が之を阻むことができましょうか、と。
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語句解説
- 甲兵(こうへい)
- 武装した兵士。よろいと武器。また、戦争の意にも用いる。
- 肥甘(ひかん)
- 美食、ごちそう。
- 軽煖(けいだん)
- 軽暖。軽くて暖かい衣服。
- 采色(さいしょく)
- 美しい彩り。また、風采と顔色。
- 声音(せいおん)
- 音楽のこと。
- 便嬖(べんぺい)
- 便辟。そばに仕えるお気に入りの者のこと。また、人のきらうことを避けて機嫌をとること。
- 使令(しれい)
- 使伶。命令して仕事をさせること。指図すること。また、使用人の意。
- 四夷(しい)
- 四方の異民族。東夷、南蛮、西戎、北狄。
- 海内(かいだい)
- 国内、天下。古代中国では四方の海に世界が囲まれていると考えていたとされる。
- 商賈(しょうこ)
- 商人のこと。
- 行旅(こうりょ)
- 旅行。遠くに行く旅人。
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