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孟子

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孟子-梁惠王上[7.3]

王曰く、
吾れくらく、是に於いて進むこと能はず。
願はくば夫子の吾が志を輔けて、明を以て我れに教へよ。
我れ敏ならずと雖も、請ふこころみに之を試まん、と。
曰く、
つねの産無くして恒の心有る者は、だ士のみ能くすと為す。
民のごときは則ちつねの産無くして、因って恒の心無し。
いやしくも恒の心無くば、放辟邪侈ほうへきじゃし、為さざる無きのみ。
罪に陥るに及びて、然る後に従ひて之を刑す、是れ民をあみするなり。
いづくんぞ仁人の位に在る有りて、民を罔して為す可けんや。
是の故に明君は民の産を制して、必ず仰ぎては以て父母につかふるに足り、しては以て妻子をやしなふに足り、楽歳に終身飽き、凶年に死亡を免れしめ、然る後にりて善にかしむる、故に民の之に従ふこと軽し。
今の民の産を制するは、仰ぎては以て父母に事ふるに足らず、俯しては以て妻子を畜ふに足らず、楽歳に終身苦しみ、凶年に死亡を免れず、此れ惟だ死を救ひてたらざるを恐る、なんぞ禮義を治むるの暇あらんや。
王の之を行はんと欲せば、則ちなんぞ其の本に反らざる。
五畝ごほの宅、之にえるに桑を以てせば、五十の者は以てはくるべし。
鶏豚狗彘けいとんこうていの畜、其の時を失ふこと無くんば、七十の者は以て肉を食ふべし。
百畝の田、其の時を奪ふことなからば、八口はっこうの家は以て飢うる無かるべし。
庠序しょうじょの教へを謹みて、これをかさむるに孝悌こうていの義を以てせば、頒白はんぱくの者は道路に負戴ふたいせず。
老いたる者は帛を衣て肉を食し、黎民れいみんは飢えずこごへず、然り而して王たらざる者は、未だ之れ有らざるなり、と。

現代語訳・抄訳

宣王曰く、
吾は愚昧にして如何に実践すれば良いかわからぬ。
願わくば先生には吾が志を輔けて導いてはくれまいか。
さすれば不肖なれども、試みに実践しようと思う、と。
孟子曰く、
常なる産が無くして心定まるに至るは、学問修養せし士に於いて可能となります。
民衆に至っては常なる産の無くして心が定まることは無く、心が定まらねば如何なる悪事を働くかもわかりません。
されば罪を犯した民を刑法によりて罰することになりますが、これは喩えるならば民を網で取るようなものです。
どうして仁人が位に在って民を網で取るような行為を行なうでしょうか。
故に明君たれば民の産を不自由なく制定し、仰ぎ見てはその父母を安んじて事えるに足らせ、俯して見ればその妻子を安んじて養うに足らせ、豊作の年には食に飽き足り、凶作の年には死することの無き様に致します。
斯様にした後に民を善へと導くが故に、民は自然とその導きに従がうのです。
然るに今の諸侯の法といえば、仰ぎ見てはその父母を安んじて事えるに足らず、俯して見ればその妻子を安んじて養うに足らず、豊作の年には苦役に苦しみ、凶作の年には飢餓するに至る有様です。
死せぬために生活に追われ、それでも尚、死に至るほどの困窮に至るを恐れる、この様なことで、どうして民が礼義を心がける暇がありましょうや。
故に王よ、王道を行なわんとするならば、その根本に反りて民を安んずるを先とするべきなのです。
一家に五畝の宅地を与え、そこに桑を植えれば、五十になる者は帛を着ることが出来、鶏豚犬などの家畜を飼い、その生育に従がえば、七十になる者は肉を食することが出来、一家に百畝の田地を与え、その賦役などで農事を妨げねば、八人の家族たりとも飢えることはありません。
このように民の生活を安んじた後に、学問を興して教導し、更には孝悌の義を以て人たる道を薫陶すれば、自然と風俗は改まって、老いたる人が荷物を背負って道に在ることすら無くなるでしょう。
老いたる者が帛を着て肉を食し、民衆は飢えず寒えず、このような治世を為して王者とされぬ者は、未だ嘗てあったことはありません、と。

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語句解説

帛(はく)
きぬ。しろぎぬ。また、白に通ず。
鶏豚狗彘(けいとんこうてい)
鶏、豚、犬、豕。
庠序(しょうじょ)
古代における学問所。学校。
頒白(はんぱく)
班白。白髪まじりの髪。また、白髪まじりの老人。
負戴(ふたい)
荷物を背や頭にのせて運ぶこと。苦しい労働。
黎民(れいみん)
民衆。黎は「黒い」の意で、庶民は冠をかぶらざるが故に黒の頭髪が見えたことを意味する。
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