孔子
書経-周書[呂刑][1-3]
惟れ呂、命ぜらる。
王、国を享くるに百年
王曰く、
古に訓有り、
民興りて
虐威せられし庶戮、
上帝の民を
皇帝は庶戮の不辜なるを
乃ち
群后の
皇帝は下民に清問し、鰥寡は苗に辞有り。
徳は威にして惟れ畏る、徳は明にして惟れ明なり。
乃ち三后に命じて、功を民に
伯夷は典を降して、民を折いて惟れ刑し、禹は水土を平らげて、山川を
三后は功を成す、惟れ民を
士は百姓を刑の中に制して、以て徳を
故に乃ち刑の中を明にし、
獄を典るは威に
惟れ天徳を
現代語訳・抄訳
呂侯は司法官の長に任命された。
周の建国より百年、五代目を継いだ穆王は老いて九十歳となり、風俗を正して刑によって世を治めんとした。
穆王曰く、
古代の訓にいう、黄帝の時代に蚩尤が乱を起こして人民を扇動し、人々は賊を為すに至って世には甚だしき悪事が蔓延った。
三苗氏は徳に由らずして刑を以て世の乱れを治めんとし、五虐の刑を作って法と呼んだ。
その刑は無辜の民を殺すに至り、その苛烈さはあまりに過ぎたものであった。
少しでも刑法に触れる者があれば必ず刑し、それを為した所以などは考慮されず、善悪軽重の区別もなかったのである。
それ故、三苗氏の治めしところ、人々は自然と欺き合うようになり、世は乱れて信も無く、互いに詛盟し合うことで信とするも、やがてはその詛盟すらも破るようになった。
何千何万という民が刑によって裁かれるも無実なるを訴える所なく、遂には上天に罪無き旨を訴え告げた。
上天が三苗氏を鑑みれば、そこに徳化の存する無くしてその刑法は当に悪行であった。
故に帝舜は無辜なる人々を哀矜し、暴虐なるを威して三苗氏を討伐し、その治めし地を継いで人々の喘ぎを救ったのである。
帝舜は重と黎の二人に命じて天地の通を断ち、人々の心を定まらせ、禍福終始を妄りに神へと委ねることの無きようにした。
また、これに従う諸侯及び群臣百官も、皆、公明正大にして常なる道を輔け、善を善とし悪を悪としたが故に、人々の心は正に帰するに至った。
帝舜が人々の声を少しの我意なく問うたところ、老いも幼きもこぞって三苗氏の過を述べた。
故に帝舜は徳を以て治め、これに従いて人々は徳の威によって自然と畏れ、徳の明によって自然と明らかとなったのである。
帝舜は伯夷、禹、稷の三后に命じて人民のために功せんとし、伯夷は禮典によりて民を導き、背けばこれを刑して正し、禹は自然の流れに逆らうことなくして水土を治め、名山大川を主名して以て大地を守し、稷は農業の道を以て民に教え、五穀の実りを豊かにした。
このように三后が各々その功を成したので、人々は富みて潤いその居に安んじて盛んとなった。
また、帝舜は皋陶を獄官の長として用い、人々を刑の中に制して徳なるに帰せしめた。
上に在りし舜は威容あるもゆったりと構え、下に在りし伯夷、禹、稷等は事を明らかにして見事に断ずるが故に、その徳化は四方普く達し、徳を修めんと勤めざる者はいなかった。
故に帝舜は皋陶に命じて刑の中を明らかにし、民が徳へと帰するを補ったのである。
刑獄を主りしは権威権勢に屈すること無きのみならず、少しも金銭賄賂に惑わされることなく、身を謹んで事々を処し、公明正大にして私利私欲の無き様であった。
これ天徳に順い、自然と命を為し、天と一なりて世を治むるに至りし所以なのである、と。
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語句解説
- 耄荒(ぼうこう)
- 老いた意。耄は八十または九十歳の老人をいう。
- 蚩尤(しゆう)
- 蚩尤。中国神話にみえる英雄神で、様々な兵器を開発した神。軍神として畏怖された。
- 寇賊(こうぞく)
- 攻め込んで害をなすこと。
- 鴟義姦宄(しぎかんき)
- 盗みなどの悪事。鴟はふくろうのことで凶悪な人を喩える。
- 奪攘矯虔(だつじょうきょうけん)
- 物を奪うこと。
- 苗族(なえぞく)
- 苗族。三苗、尤苗などと呼ばれる。蚩尤が討伐されて分化したという。
- 無辜(むこ)
- 罪のないこと。不辜。
- 淫(いん)
- 甚だしい様を示す。
- 劓刵椓鯨(ぎじたくげい)
- 鼻きり、耳きり、宮刑、面への入れ墨の刑。
- 漸(あざむ)
- 水がしみゆくような感じで広がること。
- 泯泯棼棼(びんびんふんふん)
- 泯泯は暗きこと。棼棼は乱れていること。
- 詛盟(そめい)
- 神に誓って約すること。
- 馨香(けいこう)
- 香の遠く聞こえること。
- 徳(のぼ)
- 登るに通ずる。
- 遏絶(あつぜつ)
- 一族を残らず滅ぼす。絶滅する。
- 明明(めいめい)
- きわめて明らかな様。
- 鰥寡(かんか)
- 老いて妻無き者と夫無き者のこと。
- 伯夷(はくい)
- 伯夷。舜によって秩宗を命じられ三礼を司った。書経舜典。周初の伯夷・叔斉の伯夷とは別人。
- 主名(しゅめい)
- 大山や大川に名づけることをつかさどること。
- 后稷(こうしょく)
- 后稷。舜の臣下で農事を司る。周の始祖である古公亶父の祖先であるともされる。
- 播種(はしゅ)
- 種まき。
- 嘉穀(かこく)
- よい穀物のことで稲を指すことが多い。
- 刑の中(けいのちゅう)
- 刑が何かに偏ることなく超脱していることを示し、清厳なるが故に従わざる負えない。
- 穆穆(ぼくぼく)
- 奥ゆかしく立派な様。目立って何かをするわけではないが、威容ありて存在していること。
- 棐彝(ひい)
- 民の常徳を助けること。
- 訖(つく)
- 終わる意がある。
- 敬忌(けいき)
- つつしみ戒めること。
- 配享(はいきょう)
- 主神と共に他の神も祭ること。祖を合わせて祀ること。
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