司馬光
資治通鑑-周紀[威烈王][10]
臣光曰く、
夫れ才の徳
夫れ
才なるは徳の資なり、徳なるは才の師なり。
然り而して
是の故に才徳
徳の才に勝る、之を君子と謂ひ、才の徳に勝る、之を小人と謂ふ。
何ぞ則ち君子は才を挟んで以て善を為し、小人は才を挟んで以て悪を為す。
才を挟んで以て善を為すは、善の至らざる無からん。
才を挟んで以て悪を為すは、悪の亦た至らざる無からん。
愚者は不善を為すを欲すると雖も、智の
小人の智は以て其の姦を
是れ虎にして翼ある者なりて、其の害を為すや、豈に多からざらんや。
夫れ徳は人の
愛は親に易く、厳は疎に易し。
是れ以て察するに、多く才は
古者
故に国を為し家を為す者、苟も能く才徳の分を
現代語訳・抄訳
司馬光は云う。
智伯が亡んだ所以は才が余りにも徳に勝っていたからである。
才が徳よりもあまりに異彩を放つが故に、世間の多くが惑わされ、皆こぞって賢であると称賛した。
このようなことでは真の賢人が寄り付くはずもない。
大体において、聡察強毅なるを才といい、正直中和なるを徳という。
才というものは徳があって初めて有効となるもので、徳はいうなれば才の師なのである。
例えば、威勢よく伸びている雲夢の竹は、天下の勁というに相応しい。
だが、そのままでは矯揉ならず、羽括ならず、少しも蔵されていないから何の功用も世に与えはしない。
また、光り輝く棠谿の金は、天下の利というに相応しい。
だが、そのままでは鎔範ならず、砥礪ならず、少しも整えられていないから何の恵みも世に与えはしない。
このように、才が鋒鋩しているのは人として練れていない証拠であって、この才と徳が相俟って見事に調和して大いに発達を遂げているものを聖人と謂い、才も徳も見る影無しを愚人と謂うのである。
だが、人は往々にしてどちらかに片寄る傾向があるから、これを分けてみれば、徳が才に勝れているものを君子とし、才が徳に勝るを小人と謂うことになる。
人を用いる際に重要なことは、聖人君子を得て任用するに越したことはないが、それが叶わぬならば小人を用いるよりは才無くとも愚人に任せた方がましだということである。
なぜならば、才を挟んで善を為すのは徳の力であり、小人は徳が薄い故にその才に溺れて必ずや悪を為すに至るからである。
才を用いて善を為せば、必ずや善は成り、才を用いて悪を為せば、これもまた必ずや悪が成る。
愚者であれば、不善を為そうとしても才が無いから大した弊害にはならず、必ず押さえ込むことはできる。
だが、小人の智は姦計を巡らして暴を以て決するに足る。
いうならば、虎に翼が生えたようなもので、才徳が乖離すればするほど害は多大になるわけである。
徳は敬に通じ、才は愛に通ず。
愛は自らと親しきものと組し、厳ならば親疎の隔てなく正しきを見出す。
つまり、才は弊害をきたし易く、徳は必ず遺育せしむるのである。
過去を鑑みれば、国の乱臣、家を敗る者、いずれも才余り有りて徳薄いが故に顛覆へと至っている者ばかりであって、この智伯の例は決して特別なことではないのである。
故にいやしくも国を統べる者、家を治むる者は、必ず才徳の分を審らかにし、その進退先後を分別すべきなのである。
さすれば、真に賢なる者を失いて小人の幣に患わされることはないであろう。
- 出典・参考・引用
- 司馬光等編・秋月胤永・箕輪醇点「資治通鑑」第2冊14-15/70,司馬光等編・岡千仭点・重野安繹校「資治通鑑」第2冊8/50
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語句解説
- 司馬光(しばこう)
- 司馬光。北宋の政治家。字は君実。至誠の人として人望を得る。誠を問われた時、「妄語せざるより始む」と答えた。
- 智伯(ちはく)
- 智伯。春秋時代の晋の政治家。諱は瑤。晋の六卿の一である智家の当主として実権を専横。他の六卿である范氏と中行氏を滅ぼし、趙氏を滅亡寸前まで追いつめるも韓氏と魏氏の離反によって敗亡。資治通鑑には「才色兼備で武勇に優れるも仁に欠ける」と評されている。
- 聡察(そうさつ)
- 明察。賢くて物事をよく見抜くこと。
- 強毅(きょうき)
- 意志が強いこと。不屈であること。心が強いこと。
- 中和(ちゅうわ)
- 調和のとれている様。調和して全き様。
- 雲夢(うんぼう)
- 中国古代に長江中流域にあったといわれる大沼沢の名。九百里四方の広さがあったという。
- 竹(たけ)
- 竹は乾燥が充分なされると硬さと柔軟さを備えるが青竹は耐久性に問題がある
- 勁(けい)
- つよく張ってたるみがないさま。
- 矯揉(きょうじゅう)
- ためる。矯はためる意にいつわるも含み、揉はためる意にやわらげるも含む。
- 羽括(うかつ)
- 羽は箭羽で、箭は矢竹。括は細く束ねてまとめること。
- 棠谿(とうけい)
- 楚の夫概が封じられた地。戦国の時に其の地では金が産出され、甚だ精利であったとされる。今の河南省汝南県。
- 鎔範(ようはん)
- 鋳型。金属をとかしてがたに入れること。
- 砥礪(しれい)
- 砥石でみがくこと。転じて学問、品性を高める意。
- 搏(はく)
- うつ。たたく。とらえる。つかまること。
- 厳(げん)
- 敬に通ず。
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