司馬遷
史記-列傳[太史公自序][149-150]
周道廃れ、秦は古文を
故に
是に於いて漢
則ち文学
百年の間、天下の遺文古事の
太史公よって父子
曰く、
ああ、余
天下の放失せし旧聞を
時に並べ世を
禮楽は損益し、
二十八宿は
義を
凡そ百三十篇、五十二万六千五百字、太史公書と為す。
序略、以て遺を拾ひ芸を補ひ、一家の言と成す。
第七十。
太史公曰く、
余、黄帝以来太初に至るまでを述歴して
現代語訳・抄訳
我が漢は五帝の末流を継ぎ、三代の統業を接いで開闢した。
周が実現させた王道は廃れ、秦は焚書坑儒を断行し、故に明堂石室、金匱玉版、様々な帳簿が散逸してしまった。
そのような時に漢が興り、蕭何が律令を順序立て、韓信は軍法を明らかにし、張蒼は規則を作り、叔孫通は礼儀を定めたのである。
これによって学問・学芸は外観内容共にようやく盛んとなり、詩書もしばしば散見されるようになった。
曹参は蓋公を招いて政治に黄老の道を用い、賈生と晁錯は申不害と商鞅の法を明らかにして統治を行い、公孫弘は儒学を以て事に当った。
漢の開闢より百年の間、天下の遺文・古事はことごとく太史公のもとへと集まり、太史公の職は父から子へと継がれた。
曰く、
ああ、想うに我が先祖は史を司って唐虞の頃より顕れ、周に至り、そして再び
故に司馬氏は世々に天官を戴き、今、私へと至ったのである。
なんと感慨深いことだろうか、と。
そこで私は天下に放失していた旧来の伝聞を網羅し、勃興の事跡、その終始を明らかにしてその盛衰を調べ、その行事を論考して三代を推略し、秦漢を記し、上は黄帝より下は今に至るまで、皇帝として君臨した者に関する十二の本紀を著し、これを規定したのである。
十の表を作したのは、年代と治世をまとめ、多くの事件が起きた年代については月単位に示し、歴史の過程を明確にする為である。
八書を作したのは、禮楽・律令・暦法から祭祀・治水・政策をはじめとする様々な文化を示し、敝を承け変に通ずる為である。
三十世家を作したのは、二十八宿が北辰へと環り、三十輻が一轂に集まりて、その運行に窮まり無きが如く、補弼股肱の臣を叙述して配し、忠信の道を行う者達を主上へと奉ずる為である。
七十列伝を作したのは、義を貴び卓逸にして、その時機を見定めて己を失うことなく、功名を天下に立てた人々を伝えんが為である。
凡そ百三十篇、五十二万六千字、これを太史公書と名付ける。
自序を略せば、遺賢を拾い六芸を補い、一家言を成す。
六経の様々な異伝、百家の雑語を渉猟して整え、原典は亡失せぬように名山に蔵し、写本は京師に置き、後世の聖人君子を待ち望もうと思う。
第七十。
太史公曰く、
黄帝より太初に至るまでを述歴し、遂に百三十篇で筆を了す。
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語句解説
- 三代(さんだい)
- 中国の古代王朝である夏・殷・周のこと。
- 撥去(はっきょ)
- 撥棄。はらい捨てる。
- 焚滅(ふんめつ)
- やき滅ぼすこと。
- 明堂(めいどう)
- 古代中国において天子や王者が神や祖先を祭ったり、諸侯を召したり、その他様々な正教を行なった場所のこと。
- 石室(せきしつ)
- 周囲を石で積みかためた部屋。古代人が墓として造った石の部屋。洞窟。また、蔵書している場所の意にも用いられることがある。
- 金匱(きんき)
- 重要な秘密の書類などを入れる金属製の箱。
- 玉版(ぎょくばん)
- 玉で作った板に文字を刻んだもの(昔は貴重な書物とした)。
- 図籍(とせき)
- 土地の図面と人民や財貨・穀物などに関して記した帳簿。
- 蕭何(しょうか)
- 蕭何。前漢の建国の功臣。物資補給と拠点の関中を治安し、劉邦の覇業を後方で助けた。天下統一後には功績筆頭に挙げられる。漢の礎を築いた大宰相。
- 律令(りつれい)
- 国家の基本となる法律。刑法。
- 韓信(かんしん)
- 韓信。前漢の武将で劉邦の覇業に貢献。漢の三傑。大将軍。項羽亡き後、楚の王となるも粛清された。大志を抱き、些細な恥辱にはこだわらなかった様を伝える「韓信の股くぐり」は有名。
- 張蒼(ちょうそう)
- 張蒼。前漢の政治家。書や律暦に詳しかったとされる。
- 章程(しょうてい)
- 暦や度量衡などの規則。
- 叔孫通(しゅくそんとう)
- 叔孫通。前漢の政治家で儀礼を司る長官となる。
- 彬彬(ひんぴん)
- 調和している様。過不足なく備わる様。文質ともに盛んに備わっている様子。
- 間出(かんしゅつ)
- ときたま出ること。断続的にあらわれること。
- 曹参(そうしん)
- 曹参。前漢創業の功臣。蕭何亡き後には相国として漢の発展に寄与。黄老の学を重んじて無為自然を旨とし、人々はその治世を尊んだという。
- 蓋公(がいこう)
- 蓋公。前漢の時代の人。曹参に招かれて師となった。黄老の学に通じていたとされる。
- 賈誼(かぎ)
- 賈誼。前漢の政治家。洛陽の人。賈生とも呼ばれる。文章に優れ「過秦論」などを著した。
- 晁錯(ちょうそ)
- 晁錯。前漢の政治家。法家を学んだ。
- 申商(しんしょう)
- 法家の代表的人物である申不害と商鞅の法のこと。
- 公孫弘(こうそんこう)
- 公孫弘。前漢武帝の宰相。四十歳にして春秋を学び、六十歳で武帝に推挙されるとわずか六年にして丞相にまで昇進。上辺は謙譲なるもその実は表裏あり。曲学阿世と論難された。
- 唐虞(とうぐ)
- 堯・舜またはその時代のこと。
- 罔羅(もうら)
- 網羅。残りなく集めること。
- 黄帝(こうてい)
- 黄帝。軒轅(けんえん)。伝説上の帝王で理想の君主として尊ばれる。文学、農業、医学などの諸文化を創造したとされる。
- 科条(かじょう)
- 科條。規定。規則。条項。
- 律暦(りつれき)
- 暦法。こよみ。一年の陰陽季節の法則。
- 改易(かいえき)
- 改めること。かえること。
- 二十八宿(にじゅうはっしゅく)
- 二十八の星座。古代中国において黄道にそって天球を二十八の区域にわけ、各々に一つの星座を当てた。
- 北辰(ほくしん)
- 北極星の別称。
- 輻(ふく)
- 車輪の中心にある丸い部分と外輪との間をつらねささえる木。
- 轂(こく)
- 輪の中心にあるまるい部分。ここに輻があつまり、その中を車軸がつらぬき、車体と車輪とが結合している。
- 補拂(ほひつ)
- 輔弼のこと。国政を助ける。
- 股肱(ここう)
- 腹心。片腕。最も頼りになる部下。
- 俶儻(てきとう)
- 卓異の人。卓逸なる人。ひときわ抜きん出て優れていること。
- 六芸(りくげい)
- 六芸。六芸は礼・楽・射・御・書・数で周代には士君子の基本的教養とされた。
- 六経(りくけい)
- 六つの経典。易経、書経、詩経、春秋、礼記、楽記。儒教で重んじられる。
- 整斉(せいせい)
- まとめととのえること。きちんとそろえること。
- 京師(けいし)
- 都、天子の居。春秋公羊伝の桓九年に「京師とは天子の居である。京とは大、師とは衆、天子の居は必ず衆大の辞を以てこれを言う」とある。
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