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韓非

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韓非子-五蠹[1.2-2]

宋人に田を耕す者有り、田中に株有り、兎走して株に触れ、けいを折りて死す。
因って其のすきすてて株を守り、復た兎を得んことをねがふ。
兎、復た得可らずして、而して身は宋国の笑と為る。
今、先王の政を以て当世の民を治めんと欲するは、皆な株を守るのたぐひなり。
古者丈夫は耕さず、草木の実は食すに足り、婦人は織らず、禽獣の皮は衣するに足るなり。
力を事とせずして養うに足り、人民少なくして財にあまり有り、故に民は争はず。
是れを以て厚賞こうしょう行はれず、重罰用いずして民は自ずと治まる。
今人こんじんに五子有りて多しと為さず、子に又た五子有りて、大父の未だ死せずして二十五の孫有り。
是れを以て人民おおくして貨財すくなく、こと力を労して供養きょうよう薄く、故に民争ひ、賞をし罰をかさぬると雖も、乱を免れず。

現代語訳・抄訳

宋の人で田畑を耕して生計を立てる者が居り、その田畑には切り株があった。
ある時、兎が走ってきてその切り株に衝突し、首を折って死んでしまった。
これを見た耕者は鍬を捨てて株を見守り、再び兎を得ることを待ち望むようになった。
しかし、再び兎を得ることはなく、その身は宋国中の笑い者となったという。
今、先王の政治に習って今の世の人々を治めようとするは、この株を守りて兎が来るを待つと同じである。
遥か太古の昔、男子は耕すことなく草木の実りによって食するに足り、婦人は織物をせずして禽獣の皮を取って衣服とすれば足りた。
特に力を労せずして生活でき、人民は少なくして財は余りあり、故に人々は争うこともなかった。
故に厚賞を行う必要も重罰を加えることもなく、世の中は自然と治まるを得たのである。
しかるに現在では一家に五人の子が居ても多くはなく、更にその五人の子が各々子をもうければ、自ずと祖父の存命中には二十五人の孫が出来る。
この様に人口は増大するが故に、財産は分配しても足らぬようになり、民は力を労しても生活に困るようになるのである。
故に争いを生ずるようになるのであって、賞を倍にして罰則を厳しくするも、決して騒乱を免れることは出来ないのである。

出典・参考・引用
久保天随著「韓非子新釈」巻4,82/139
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語句解説

頸(けい)
首のこと。くびすじ。のどくび。
耒(らい)
すき。鍬。畑にすじみちを入れる農具。
今人(こんじん)
今の時代の人。現代の人。
供養(きょうよう)
養い育てる。飲食物の世話をすること。親を養うこと。祖先に食物を供えること。
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